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狂犬病ワクチンについて考える vol.5…獣医師団体の提言、回数を最低限にすることの重要性

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  • 「ワクチンによる免疫の持続期間」に関する講義
  • シュルツ名誉教授らによる論文
  • 狂犬病予防法が制定された1950年当時の写真を使用した厚労省のポスター
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前回は、狂犬病ワクチンの接種も抗体検査によって必要か否かを判断すべきとする専門家の意見をご紹介しました。今回は、同様のスタンスをとる獣医師団体の意見をまとめます。

「リスク・ベネフィット評価」で動物の負担をできる限り減らすことが重要

「欧州愛玩動物獣医師会連合」(=筆者訳:FECAVA)が2016年6月にオーストリアのウィーンで開催した「ユーロ・コングレス」(直訳:欧州会議)において、「ワクチンによる免疫の持続期間」に関する講義が行われました。動物ウイルス学の権威でウィーン獣医科大学のカリン・モーストル(Karin Moestl)教授は、これまで様々な専門家が行ってきたワクチンの効果がどのくらい持続するのか(以下、DOI = 免疫持続期間)についての研究を振り返っています。

その上で、「あらゆるワクチン接種において、動物の1頭1頭それぞれに対してリスクとベネフィットの評価を行い、ワクチンによる負担(= 接種回数)を可能な限り少なくする判断が望ましい」と提案しています*。

「ワクチンによる免疫の持続期間」に関する講義「ワクチンによる免疫の持続期間」に関する講義

確率は低いがゼロにはできないワクチンのリスク

モーストル教授も、一般的にはワクチンの安全性が非常に高いことを認めています。ごくまれに起きる副反応は、ほとんどの場合一時的な症状で時間の経過と共に解消するとしています。一方で、アナフィラキシーショックなど命に関わる症状が出ることも否定できないと語っています。さらに、ワクチン接種が深刻な免疫介在性疾患の引き金になる懸念についても警鐘を鳴らしています。

免疫介在性疾患とは、免疫システムが自分自身の組織を攻撃してしまう病気の総称です。人間の関節リウマチやバセドウ病など「自己免疫疾患」と呼ばれる病気と同様のもの。こうした病気の場合、仮にワクチン接種が原因であっても発症までに時差があるため因果関係の確認が困難なことが考えられます。

免疫持続期間は一律ではないが、長期間にわたると言われている

予防接種によるDOIは、同じ病気に対するワクチンであっても製剤によって異なります。また接種を受ける動物の個体差もあるため、一概には言い切れないとしています。しかしながら、一般的に「コアワクチン」に対しては、一旦免疫が確立されると「何年にもわたって抗体を生産し続けることができる」としています(「免疫記憶」と呼ばれる)。

同様に、前回ご紹介したウィスコンシン大学マディソン校・獣医学大学の病理科学部のロナルド・シュルツ名誉教授らが発表した論文(2010年)では、一度免疫反応が起きた後に抗体が存在している場合は、その量に関わらず免疫が働くことを示すとしています。

シュルツ名誉教授らによる論文シュルツ名誉教授らによる論文

獣医療分野では比較的新しいワクチンと免疫の関係に関する研究

前回ご紹介したように、アメリカのカレン・ベッカー獣医師はワクチンと免疫に関する研究が「獣医療の世界では事実上無視されてきた」と表現しています。モーストル教授によると、犬用ワクチンの定期的な接種が推奨され始めたのは1960年代とのこと。当時は十分な科学的検証は行われないまま、毎年の接種がルーティーン化したそうです。副反応などのリスクはまったく想定されず、1年に1回接種しておけば病気予防の観点から安心だろうと考えられたとのことです。

その後、1970年代中盤にシュルツ博士らが研究を始め、「犬と猫の理想的な(ただし科学的に証明はされてはいない)免疫スケジュール」を1978年に発表しました。成犬には犬ジステンパーと犬アデノウイルス(CAV-1)、パルボウイルスそして狂犬病ウイルス用ワクチンを3年に一度接種することが推奨されています。(猫にも狂犬病とパルボウイルスワクチン接種を3年ごとに勧めています。)

なお、このシリーズでのvol.1でご紹介したように、日本で狂犬病予防法が成立したのは1950年のことです。免疫持続期間や免疫記憶、副反応のリスクなどについては全く想定されていないでしょう。

狂犬病予防法が制定された1950年当時の写真を使用した厚労省のポスター狂犬病予防法が制定された1950年当時の写真を使用した厚労省のポスター

ワクチン接種に関する最新の専門家提案

最近の数十年では、「様々な研究者たちが『ワクチンを過剰接種しているのではないか?』との疑問を抱いてきた」とモーストル教授が語っています。同氏はFECAVA会員の獣医師に対して以下の提言を行っています。

「現在のDOIに関する知見や、既に免疫のある犬や猫へのワクチン接種は全く効果がないという事実を考えると、仮に小さなものであっても副反応のリスクを伴う医療行為は正当化されるものではない。また、倫理的な観点からも避けるべきものである」

FECAVAや過去の記事でご紹介した世界小動物獣医師会(WSAVA)などが作成した専門家提案は、法的な強制力はありません。しかし、最新の科学的知見を基に専門家が熟慮を重ねた上で作成したものです。モーストル教授は、実際にペットの診察を行う獣医さんたちが「ワクチンを効果的かつ安全に使用する指針として作られた」と、こうしたガイドラインの重要性を強調しています。

抗体検査結果の陽性が免疫力を意味しないという説

今回と前回、2回にわたってご紹介したように、狂犬病に関しても抗体検査が有効であること、およびワクチンの効果が1年以上続くことを、エビデンス(科学的根拠)で示す専門家がいることが分かりました。一方で、狂犬病の場合は抗体検査での陽性結果が必ずしも病気から守られている状態である保証はないと言われています(vol.3参照)。定期的(1年または3年に1回)なワクチン接種が法的義務とされ、改正されないのもそれが大きな理由と考えられます。

次回は、この考え方についてご紹介します。

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*(Duration of vaccine-induced immunity 2016)

《石川徹》

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