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ヨーロッパの動物愛護事情 vol.4 … “ブーム“による無秩序な繁殖と人間が創り出した体の問題に苦しむ犬たち

生活の質に関する課題が指摘される短頭犬種たち(イメージ)
  • 生活の質に関する課題が指摘される短頭犬種たち(イメージ)
  • ブルークロスに保護され、動物病院で診察を受けるパグ
  • 瞼が飛び出してしまう「チェリーアイ」の治療が必要となったフレブルは、まだ5か月齢
  • オリジナルに近い体形のフレブル(上)と、現在のドッグショーで「優秀」とされるブレブル(下)
  • 短頭犬種が継続的に大きないびきをかく場合の注意点

REANIMALではこれまで、人間による「品種改良」がペットの福祉を損なう事例を紹介してきた。品種特有の特徴が遺伝的疾患となり、生涯続く痛みや体の機能障害などを発症することは徐々に知られている。ベルギーでは10月より、猫の「スコティッシュフォールド」を繁殖・販売することが禁止されることを先日報じた(参考記事)。今回は、同じように苦痛を伴って生まれてくる犬たちについて紹介する。

「鼻ぺちゃ」犬に専門家が警鐘を鳴らす

フレンチブルドッグ(以下、フレブル)やパグなど「鼻ぺちゃ」な犬たち、いわゆる「短頭犬種」の生活の質に関する問題を、特に欧州の専門家が指摘している。「ヨーロッパの動物愛護事情」シリーズ(参考記事)や「フレブル人気沸騰でケンネルクラブが懸念を表明」(参考記事)で紹介したように、呼吸器や目に重大な疾患を抱えて恒常的に苦痛を感じる犬たちが多い。最悪の場合、死に至ることもあるのがこれらの犬種だ。

沸騰する人気と飼育放棄の増加

さらにイギリスでは、健康面以外の課題も増えているという。短頭犬種の場合、健康面のケアに多くの時間や労力が必要になるだけでなく、治療費も高額になる。こうした負担を嫌う飼い主による飼育放棄が増加している。「王立動物虐待防止協会(RSPCA)」が保護した犬のうち、2015年には3頭だったフレブルが2020年には50頭と16倍以上に急増し、この6年間では合計257頭にのぼるという。

セレブの影響で加熱するフレブル人気

RSPCAは特に、「セレブリティ」の影響でフレブル人気が過熱しており、衝動的に子犬を迎える傾向がこの問題に拍車をかけているとしている。同じくイギリスの動物保護団体である「ブルークロス」も、フレブルの登録数が2004年以降およそ30倍に増加したことを懸念している。この傾向に対して血統登録団体である「ザ・ケンネル・クラブ」は、「セレブに影響されて気まぐれで迎えたものの、飼いきれずに飼育放棄するケースが増えている」と言う。昨年の秋には、フレブルの「ウェルフェア・クライシス(福祉/幸福の危機)」だとして深刻な懸念を正式に表明している。

需要の急増で健康に問題のある子犬も増加

需要が急増したことで、無秩序な繁殖も横行している。外国の劣悪な環境で飼育する業者からの密輸や違法売買も増えていると考えられている。その結果、健康に問題のある子犬が増えたことも飼育放棄の一因と分析されている。病気の医療費を払えない飼い主が、愛犬をRSPCAなどの保護シェルターに持ち込むケースが増えているようだ。

ブルークロスに保護され、動物病院で診察を受けるパグブルークロスに保護され、動物病院で診察を受けるパグ

短頭犬種に多い呼吸器系疾患

イギリスの「フレブル・ブーム」に限らず日本を含めて世界的に人気の高い短頭犬種だが、「短頭種気道症候群(BOAS)」と呼ばれる呼吸器系の疾患が頻発する。慢性的な呼吸困難によって生活の質が低下するだけでなく、突然死にもつながる。ブルークロスは、フレブルなどにみられる荒い鼻息や喘ぎ声は犬として通常の状態ではなく、呼吸が妨げられていることを示すサインだと注意喚起を行っている。ところがイギリス「王立獣医大学(RVC)」 の調査によると、短頭犬種の飼い主の58%は愛犬が呼吸困難に陥っていることを認識していないそうだ。

短頭犬種はマズルが非常に短く「創られた」にもかかわらず、口、鼻、喉などを構成する軟組織は頭蓋骨形状に合う小さいサイズになっていない。したがって、周辺の皮膚や粘膜組織が狭いスペースに押し込まれて気道が狭くなったり、部分的に塞がったりする。鼻孔も狭く、丸く開いた鼻の穴というよりも閉じたスリットのような形が多い。こうした様々な原因で気道が極端に狭くなり、呼吸が難しく取り込める酸素量も不足する。

ケンブリッジ大学もBOASについての啓発活動を実施

イギリスのケンブリッジ大学獣医学部も、BOASについて研究を行っている。啓発活動にも熱心で、「ケンブリッジBOASリサーチグループ」が愛犬家に向けた短頭犬種の健康に関する情報発信も行っている。以下のイラストは、継続的に大きないびきをかく場合の注意点を解説している。

(左上から時計回りに)
- 頭を高く首をまっすぐに寝る姿勢を好む
- よく目を覚まし、寝る姿勢を変えたり咳払いをしたりする;常に疲れているように見える
- お座りや、時には立ったままの姿勢で眠る
- 口を開いたままにしておく様、おもちゃを噛んで寝る

短頭犬種が継続的に大きないびきをかく場合の注意点短頭犬種が継続的に大きないびきをかく場合の注意点

オーバーヒートによる死亡も

また、犬はほとんど汗をかくことができないため、主にパンティング(口を開けてハアハア息をする行為)によって体温調節を行う。空気を吸い込んで、表面積の大きいマズルと、そこに収められた舌などを冷やすことで素早く体温を下げる。鼻の低い犬はこれが効果的にできないため、「オーバーヒート」する傾向が強い。肥満や高齢の場合は暑さで死に至るリスクもある。

様々な目の病気も頭蓋骨の特殊形状が原因

短頭犬種が罹患しやすいもう1つの疾患は、「BOS (= 直訳:短頭種眼球症候群)」と呼ばれる目のトラブルである。眼窩(眼球が収まる頭蓋骨の穴)が浅すぎるため目に様々な悪影響が出るもので、眼球が飛び出てしまったり、瞼を完全に閉じられない「兎眼症」(とがんしょう)などに苦しんだりすることがある。

瞼が飛び出してしまう「チェリーアイ」の治療が必要となったフレブルは、まだ5か月齢瞼が飛び出してしまう「チェリーアイ」の治療が必要となったフレブルは、まだ5か月齢

その他、心臓病、皮膚や耳、歯のトラブルなども身体的特徴を要因として頻発することが知られている。ブルークロスは、日常の症状として睡眠障害、熱中症、肥満、関節の痛み、皮膚の感染症などに特に注意が必要だと指摘している。これらはすべて、意図的なブリーディングによって「創られた」特徴的な容貌によってもたらされたもので、短頭犬種の遺伝的疾患と言える。

オリジナルに近い体形のフレブル(上)と、現在のドッグショーで「優秀」とされるブレブル(下)オリジナルに近い体形のフレブル(上)と、現在のドッグショーで「優秀」とされるブレブル(下)

次回は、こうした遺伝的疾患をなくし、短頭犬種たちの生活の質を向上させるためにできることを紹介する。愛らしい犬たちが、より幸せな「犬生」を送れるようにするためにすべきことを獣医療と愛犬家の心構え、2つの観点から考えたい。

《石川徹》

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