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イギリスの動物愛護事情 vol.13…獣医師会や動物保護団体が犬の外見による「死刑判決」に反対

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  • 性格ではなく外見だけで危険な犬種と判断される法律
  • エビデンス(科学的根拠)が法律の不備を証明
  • 町を放浪していた「ダンカン」は愛護団体に保護されたが…
  • 茨城県と佐賀県には「特定犬」は檻に入れる条例が存在する

イギリス*で「Dangerous Dogs Act (=危険な犬に関する法律)」が施行されてこの夏で30年が経過した。これまでREANIMALでも紹介してきたように(参考記事)1991年に施行されたこの法律は、特定の犬種について繁殖や販売などを禁止している。保護施設を含め譲渡も認められないため、飼育が困難になった場合は理由を問わず殺処分される。

この法律に対しては批判も多く、30年の節目に専門家から構成される6つの団体**が共同ステートメントを発表し同法の修正が急務であると訴えた。

あいまいな「危険な犬種」の定義

同法の第1条で、「ピットブルテリア」と「土佐犬」が危険な犬種と指定されている。加えて、「闘犬のために繁殖された犬種、または、そうした犬種の特徴をもっていると思われる犬」と具体性に欠ける定義がある。ミックス犬の場合、判断は警察の専門部署が行う。両親の犬種、DNA検査、行動履歴などは一切関係なく、外見で判断されるという。

性格ではなく外見だけで危険な犬種と判断される法律性格ではなく外見だけで危険な犬種と判断される法律

王立動物虐待防止協会は判断の難しさと人間教育の重要性を指摘

200年近い歴史と伝統のある世界最古の動物愛護団体、「王立動物虐待防止協会(RSPCA)」は市民の安全を守るためにも、法改正が必要だと訴える。犬の個性ではなく、見た目で判断して処分する現在の法律を、科学的証拠に基づくものに変更すべきとしている。

「法律の施行以来、何千頭もの罪のない犬たちが、外見だけの理由で命を落としています。一方で、犬に咬まれたたことによる入院は劇的に増加しています。この法律は、犬の福祉を犠牲にしているだけでなく、人々の安全を守ることにも失敗しているのです」

イギリス政府の「環境・食糧・農村地域省(DEFRA)」は、犬の適切な管理方法や責任ある飼育を促す教育手段などについて研究を行っているという。犬の攻撃性についても調査を行っているが、結果はまだ公表されいないそうだ。RSPCAは「こうしている間にも、犬に咬まれて怪我をした人が病院に運ばれている」と懸念を表明している。

エビデンス(科学的根拠)が法律の不備を証明エビデンス(科学的根拠)が法律の不備を証明

RSPCAで犬の福祉を扱う専門家は、攻撃は非常に複雑な行動でどんな犬も危険になる可能性を秘めているという。生まれもった性格や育て方、幼少期の経験などに加え、「その場」の状況によって犬ごとに異なる。咬傷事故の防止には、責任ある犬の飼い方や犬との安全な付き合い方に関する教育も不可欠であると訴える。

イギリス獣医師会は科学的根拠の不在を批判

イギリス獣医師会も、この法律の不備を指摘する。危険な犬という判断に、犬の資質ではなく犬種のみを対象としているため、逆に、禁止リストに載っていない犬は安全という誤った印象を与えているという。獣医学の専門家も長年にわたりこの法律の全面的な見直しを求めてきた。

「最新のエビデンス(科学的根拠)はすべて、特定の犬種を対象とした法律が目的を果たしていないことを示している。この法律は過去30年間、市民を保護することも、犬の福祉を守ることもできていない。特定の犬種を一律に制限するのではなく、個々の攻撃行為や無責任な飼い方に効果的に対処する、実効性の高い法律の制定を政府に要請する」としている。

少なくとも482頭が法律のために殺処分

RSPCAなどの保護団体がこの法律のために殺処分せざるを得なかった犬たちは、2016年から現在まで、分かっているだけでも482頭にのぼるという。にもかかわらず、犬に咬まれたことによる入院患者数は1999年から2019年の間に2.5倍以上も増加した。ロンドンを中心に活動する動物愛護団体「Battersea(バタシー)」は、「(殺処分された)多くの犬は人懐っこく、愛情深い犬で、簡単に新しい家族を見つけることができたはずだ」と語る。

危険な犬種ではなく危険な飼い主に規制を

6団体は政府に対してこの法律の廃止を求めている。法改正の審議期間中は、「危険な犬種」とされる犬が保護された場合、愛護団体の判断により再譲渡を認めるべきだと主張している。RSPCAと並び、イギリスで最も歴史のある動物保護団体の1つである「ブルークロス」(1887年設立)は、まず危険な犬種を定義する第1条の早急な撤廃を求め、下記のように述べている。

「よく躾けられた犬を、その身体的特徴だけで安楽死させたり、自由を奪ったりすることは非人道的な行いです。(中略)見た目だけで犬種を規制する考えを改め、違法な目的のための飼育や無責任な飼い主を取り締まることに政府は努力すべきです」

町を放浪していた「ダンカン」は愛護団体に保護されたが…町を放浪していた「ダンカン」は愛護団体に保護されたが…

家族の一員である愛犬が当局に奪われ、壊れていく

イギリスでは、飼い主のいる犬も違法な種類であると疑われた場合は当局が押収される。飼い主から返還の訴えがあった場合、殺処分が猶予される。数週間から時には数年におよぶ裁判中、犬は人や他の犬との交流がない犬舎に収容されるため、精神的なトラウマを受けるケースもあるという。飼い主との関係性にも問題が生じ、返還後に安楽殺せざるを得ないケースもあるそうだ。家族のもとに戻った場合も、口輪の着用などその後の生活には制限がかけられる。

飼い主の適切な管理と行政への注視が愛犬を守る

これはイギリスでの出来事であり、すぐに日本で同様の状態になることは考えにくい。だが、茨城県や佐賀県では、一部の大型犬を「檻」で飼育することを義務付ける特定犬条例が施行されている。これが全国的な法律にならない保証はない。何らかの制限が強化されることも、絶対にないとは言い切れない。

茨城県と佐賀県には「特定犬」は檻に入れる条例が存在する茨城県と佐賀県には「特定犬」は檻に入れる条例が存在する

大切な家族の一員である愛犬が、単なるイメージを根拠に当局によって奪われたり法律で行動を制限されたりすることがないよう、行政の動きを注視することも飼い主の役目だろう。もちろん、危険な行動をとらないよう、愛犬の管理に細心の注意を払うことが大切なのは言うまでもない。小型犬でも、急な飛び出しで事故を誘発し他人に大けがを負わせることはあり得る。日々の散歩でも、適切にリードを使うなど周りに迷惑をかけない責任ある行動が必要だ。

* イングランド、ウェールズ、スコットランド
** Battersea、Blue Cross、British Veterinary Association (BVA)、Dogs Trust、The Kennel Club、RSPCA

《石川徹》

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