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子供の手術にも付き添う犬…動物介在療法に携わる「勤務犬」モリス

聖マリアンナ医科大学病院の「勤務犬」モリス
  • 聖マリアンナ医科大学病院の「勤務犬」モリス
  • 手術室に向かう患者さんとモリス
  • 病院に勤務するスタンダードプードルのモリス
  • 日本介助犬協会が取り組む「犬による介入(Dog Intervention)」活動
  • 手術室で患者さんに寄り添うモリス
  • 廊下でのリハビリにも活躍
  • 周囲の人間に「あたたかさ」をもたらすモリスの力
  • 動物介在療法への道を拓いてくれた先代の「ミカ」

2020年における犬の新規飼育頭数は約41万6000頭で、2019年の35万頭から2割近く増加した(ペットフード協会調べ)。感染症など様々な社会不安が広がる時代、犬に癒しを求めるのは世界的な傾向とも言われる。

癒しの力で私たちをサポートしてくれるのは家庭犬だけではない。スタンダードプードルの「モリス」は、神奈川県にある聖マリアンナ医科大学病院(以下、聖マリアンナ)で「勤務犬*」として活躍している。週2回、「職員」として病院に出勤し「動物介在療法」に携わっている。

病院に勤務するスタンダードプードルのモリス病院に勤務するスタンダードプードルのモリス

治療方針に組み込まれる動物介在療法

モリスを育てたのは、神奈川県横浜市に本部を置く日本介助犬協会。主に、愛知県にある介助犬総合訓練センターで、身体に障害のある人たちをサポートする「介助犬」の育成や介助犬使用者のトレーニングを行っている。そのほか、触れ合いを楽しむ「動物介在活動」や、虐待を受けた子供に医療関係者や司法関係者などが聞き取りを行う際の「付添犬」育成など、幅広く「犬による介入(DI: Dog Intervention)」活動を実施。その1つが、犬の力を人間の病気治療に生かす動物介在療法だ。

日本介助犬協会が取り組む「犬による介入(Dog Intervention)」活動日本介助犬協会が取り組む「犬による介入(Dog Intervention)」活動

幅広いモリスの役割

動物介在療法では、医師が作成する治療計画に犬の介入も組み込まれる。日本介助犬協会 訓練部の桑原亜矢子主任によれば、「この患者さんの、こういう目的のために、この犬をこういう形で介入させる」といった明確な計画が立てられる。

犬の果たす役割は幅広く、活動の場は手術室にまで及ぶ。小児病棟では、手術に対する恐怖心で泣きながら母親から離れない患者が少なくないそうだ。

手術室で患者さんに寄り添うモリス手術室で患者さんに寄り添うモリス

そんな時、リードを渡して「モリスを一緒に連れて行ってくれる?」と促すことでスムーズに誘導できるという。手術室の中でも、モリスは患者が麻酔で眠るまで寄り添う。

手術室に向かう患者さんとモリス手術室に向かう患者さんとモリス

病室のベッドの上に寝て、患者に撫(な)でてもらうだけの場合もある。入院で沈んでいる気持ちをほぐし、前向きになるのをモリスがサポートする。次第に「廊下を一緒に歩いてみよう」「散歩させたいからリハビリに挑戦しよう」「一緒に外に出てみよう」と表情が明るくなるという。

廊下でのリハビリにも活躍廊下でのリハビリにも活躍

思春期の患者が長期入院を強いられると、「何で自分が?」という思いが募る。心を閉ざしてしまった患者も、犬の介入が状況の好転につながるケースがある。看護師や家族にぶつけられない思いも、モリスには吐き出せるようになる。リハビリや治療に前向きになれるなど、犬には意欲を引き出す力もあるという。

桑原氏によれば、患者だけでなく周りの人々にも良い影響を与えるようだ。「患者さんへの影響は、計り知れない大きさがあると思います。どの患者さんも、犬といることで気持ちが明るくなるのをすごく感じます。それに加えて、ご家族や医療従事者も巻き込んで、楽しく前向きな雰囲気が広がっていきます」

周囲の人間に「あたたかさ」をもたらすモリスの力周囲の人間に「あたたかさ」をもたらすモリスの力

スウェーデンから来た「ミカ」が切り拓いた道

動物介在療法は1頭のスタンダードプードルから始まった。日本介助犬協会は、聖マリアンナから常々“患者に寄り添える犬”を治療に導入したいと相談を受けていた。しかし、動物介在療法では活動を自発的に楽しいと感じる犬を見つけることが絶対条件。適性のない犬に無理強いさせても、負の感情が患者に伝わってしまうからだ。

また、同協会は犬1頭1頭の個性を慎重に見極め、それぞれに最も適した進路を選ぶことにこだわっている。犬も含め、“誰かが誰かの犠牲になってはならない”という考えが活動の根底にある。適性のある犬に出会うのは難しく、「向いている犬はなかなか現れないかもしれません」と伝えていたという。

そんな中、介助犬候補としてスウェーデンから迎えた「ミカ」が、初対面の誰とでも親しくできる突出した社交性の高さを見せた。触れ合い活動で病院を訪問した際も、リラックスして楽しめる線の太さに加え、1人1人に穏やかに挨拶する姿が印象的だったという。「今までの犬たちになかったものを感じて」(桑原氏)、動物介在療法に携わることが決まった。

動物介在療法への道を拓いてくれた先代の「ミカ」動物介在療法への道を拓いてくれた先代の「ミカ」

ミカだけでなくハンドラーとなる看護師の訓練や、病院側の受け入れ態勢準備などを行い、2015年4月から「勤務犬」としての活動が始まった。

「いるだけで笑顔にしてくれる」モリス

ミカが2019年2月に引退すると、甥にあたるモリスが後を継いだ。後任候補として、2017年11月にミカと同じ血統の3きょうだいがスウェーデンからやって来た。その中で、モリスは誰にいつ触れられても不快に感じる様子をまったく見せなかったそうだ。大学病院では、ノイズや人の往来など常に色々な刺激にさらされる。そんな環境でも、モリスはまったく気にすることなくリラックスしていたという。

常にリラックスできる気質が必要な勤務犬常にリラックスできる気質が必要な勤務犬

2019年1月に2代目勤務犬となったモリスは、多くの患者に寄り添ってきた。「いるだけで笑顔にしてくれる」「会話が弾む」と家族や看護師などからも愛されている。新型コロナウイルス感染症が拡大している昨今では、病院スタッフが肩の力を抜くことにも力を貸しているという。

聖マリアンナでは、看護師2名がハンドラーを兼務して動物介在療法を行っている。モリスはハンドラー宅で生活しており、公私共にパートナーの関係にあるようだ。桑原氏によると、「モリスに対するハンドラーさんの愛情が、患者さんに伝わるようです。そこから、患者さんがモリスとの時間を一層楽しめる雰囲気が生まれている」とのことだ。モリスが果たしている役割は計り知れない。

モリスと彼の同僚の皆さんモリスと彼の同僚の皆さん

後輩の育成

そんなモリスにも引退の時はやって来る。勤務犬としての活動は2022年で終了することが当初から決まっている。引退後は慎重に選ばれた里親のもとで、家庭犬としてのんびり暮らすことになる。

現在、モリスの後を継ぐ勤務犬の育成が行われており、候補は4頭に絞られた。この中から1頭が選ばれ、夏にはハンドラーとの共同訓練を受ける予定だ。

この候補犬たちの中からモリスの後輩が誕生するこの候補犬たちの中からモリスの後輩が誕生する

計り知れない犬の力

適性のある犬を見つけるのが非常に難しいという動物介在療法。ミカとの出会いで始まったものの、継続するためのプレッシャーは大きかったという。「当協会では、介助犬や付添犬などを含め“犬がハッピーになる道”を選ぶことを絶対条件にしています。ミカのような犬って、ほかにいるんだろうか?」と不安が大きかったそうだ。そんな時にモリスに出会った桑原氏は、「この活動、続けていいんだ」と勇気づけられたと話す。

動物介在療法を含め、DI活動は「犬が先導してくれている」(桑原氏)という。そして、「ミカが自ら色々な人に撫でられに行くのを見て、私たちは導かれるように“勤務犬”に関わらせてもらいました」と当時を振り返る。今年からは児童相談所でも犬による介入活動が始まるそうだが、これも付添犬として活動している「キース」の活躍に相談所の職員が触れたのがきっかけだそうだ。

「付添犬」として活躍中の「キース」「付添犬」として活躍中の「キース」

「私たちが立派なプレゼンをするよりも、犬たちが“そこにいる”方がはるかに周囲の理解が得られます。犬のお陰で色々な活動が自然に広がっていく…。ミカやモリスには、動物介在療法に関わらせてくれて“ありがとう”の言葉しかありません」(桑原氏)

私たちより犬たちの方が遥かに説得力がある、と語る桑原氏私たちより犬たちの方が遥かに説得力がある、と語る桑原氏

現在、モリスのほかにも、医療機関で活躍している犬たちがいる。「楓の丘こどもと女性のクリニック」(愛知県)では、ラブラドールレトリバーの「ハチ」が「DI犬」として活動している。

愛知県でDI活動に携わっている「ハチ」愛知県でDI活動に携わっている「ハチ」

モリスの兄弟犬「モンティ」は、神奈川県小田原市の箱根病院における動物介在活動で活躍中だ。

神奈川県で動物介在活動に携わっている「モンティ」神奈川県で動物介在活動に携わっている「モンティ」

なお、日本介助犬協会ではモリスの後輩犬育成のためのクラウドファンディングを5月末まで行っている。

* 勤務犬は聖マリアンナ医科大学病院の登録商標
《石川徹》

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