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絶滅したニホンオオカミの起源を解明…山梨大、国立科学博物館らの研究グループ

本研究で分析した本州に生息していた更新世オオカミとニホンオオカミ
  • 本研究で分析した本州に生息していた更新世オオカミとニホンオオカミ
  • 研究成果の概要図
  • ミトコンドリアDNA解析に基づくハイイロオオカミの系統関係と分岐年代推定
  • 核ゲノムデータに基づく更新世オオカミ集団と大陸の現生オオカミ集団の関係と交雑の歴史
  • 本研究結果から推定されたニホンオオカミの起源
  • 本研究は、山梨大学の瀬川高弘講師、国立科学博物館の甲能直樹グループ長、東京農業大学の米澤隆弘准教授、東京工業大学の西原秀典助教、国立遺伝学研究所の森宙史准教授、国立極地研究所の秋好歩美学術支援技術専門員、東海大学の呉佳斎研究員、国立科学博物館の甲能純子協力研究員、学習院女子大学の工藤雄一郞准教授、山形大学の門叶冬樹教授、国立歴史民俗博物館の坂本稔教授からなる研究チームによって行われた

山梨大学、国立科学博物館、東京農業大学、東京工業大学、国立遺伝学研究所、山形大学、国立歴史民俗博物館などからなる研究グループは、日本列島に生息していたオオカミの化石を用いてゲノムDNAの解析と放射性炭素による年代測定に成功した。

研究成果の概要図研究成果の概要図

長年の謎と2つの仮説

1800年代前半、ドイツの医師で博物学者のシーボルトはニホンオオカミの剥製標本をオランダの動物学者テミンクに送った。テミンクが1842年に出版したFauna Japonica(日本動物誌:初の日本の動物学に関する一連の刊行物)に記載したことにより、日本固有であるニホンオオカミの存在が広く世界に知られた。しかし、1905年に確認されたのを最後に絶滅した。

ニホンオオカミは、平均頭骨長が約196mm、歯(下顎第一大臼歯, m1)の長さが約24mmと、現存ならびに絶滅した世界中のハイイロオオカミの中でも極めて小柄な亜種。これは島しょ化(*1)の結果と考えられているが、ニホンオオカミの進化史はほとんど分かっておらず大きな未解決問題の一つだ。ミトコンドリアDNAの研究から、小柄なニホンオオカミは現存する世界のハイイロオオカミの中で最も早く分岐した系統の一つであることが示唆されている。また、最古の遺骸は9000年前まで遡ることができるため、それ以前にニホンオオカミの祖先がユーラシア大陸から日本列島に移動してきたと考えられている。

一方で、2万年より前には世界最大級のオオカミが日本列島に生息していた。本州の更新世(*2)オオカミの歯(下顎第一大臼歯, m1)は、最大で34.5mmにも達する。現生のハイイロオオカミのm1が24.0~33.5mm、大陸の更新世のオオカミ化石でも28.1~33.4mmの範囲であることから、日本列島の更新世オオカミは地史的な記録における全てのハイイロオオカミの中で最大級であったことが分かる。

更新世オオカミの系統的位置づけや、小柄なニホンオオカミとの関係は一切不明であり、長年の謎とされてきた。これまで主に「巨大な更新世オオカミはニホンオオカミの直接の祖先であり、この更新世オオカミが島しょ適応によって小型化を遂げてニホンオオカミとなった」、「巨大な更新世オオカミとニホンオオカミは別種である」という2つの仮説が提唱されている。しかしながら、化石の形態のみでは種内の進化史の実態に迫るのは困難であり、長年論争が続いていた。したがって、ニホンオオカミの起源と進化史を理解するためには、巨大な更新世オオカミのDNA情報に基づいた解析が必要だったという。

過去の動物や古人骨からDNAを分析する古代DNA研究は、動物や人類の系統や進化を知る上でとても有力な方法だ。しかし、日本は高温多湿かつ酸性土壌が多く、化石に残存しているDNAの保存状態が極めて悪い環境にある。そのため技術的な難しさから、更新世オオカミの古代DNA解析(*3)は全く行われていなかった。同研究では、最先端の古代DNA解析技術を用いて、3万5000年前の巨大な更新世オオカミおよび5000年前の縄文時代のニホンオオカミ標本から古代DNA解析を行った。

複数の系統の交雑によって成立

栃木県佐野市から産出したオオカミ化石標本の内部から試料を採取し、放射性炭素年代測定、炭素・窒素の安定同位体比の測定、ならびにDNA抽出と次世代シーケンサー(*4)による塩基配列の解読を実施。放射性炭素年代測定からは化石の年代が3万5000年前(後期更新世)と5000年前(完新世)であることが明らかになった。また安定同位体比の分析から、3万5000年前の更新世オオカミは5000年前のニホンオオカミと比較して、炭素と窒素の安定同位体比が高い値を示したことから、巨大な更新世オオカミはニホンオオカミよりも強い肉食性で大型草食哺乳類を捕食していたと推察される。

また、3万5000年前の大型の更新世オオカミから得られたミトコンドリアDNA(*5)情報について系統解析(*6)を行った。その結果、これまで本州・四国・九州には絶滅したニホンオオカミの1亜種しか生息していなかったと認識されていたが、この更新世オオカミは既知のニホンオオカミとは全く異なる系統で、現生のオオカミ系統よりも古くに分岐した系統であることが示された。絶滅した古い系統である更新世オオカミは、これまでシベリアやアラスカなどの亜寒帯などからしか報告がなかったが、その更新世オオカミ系統の一部が日本列島にまで到達していたことが初めて明らかになった。

ミトコンドリアDNA解析に基づくハイイロオオカミの系統関係と分岐年代推定ミトコンドリアDNA解析に基づくハイイロオオカミの系統関係と分岐年代推定

さらにより詳細な歴史を調べるために、5000年前のニホンオオカミと3万5000年前の更新世オオカミの核ゲノム配列を現生のオオカミや絶滅した更新世の大陸のオオカミとともに解析。ニホンオオカミは、3万5000年前の日本の更新世オオカミと大陸のオオカミの双方から遺伝的な寄与を受けて成立したという強い証拠が見つかった。ミトコンドリアDNAではニホンオオカミが大陸の現生オオカミの系統に含まれることが示されたが、これは現生オオカミの祖先に近い系統からの遺伝子の流入を反映したと考えられる。この結果から、ニホンオオカミが複数の系統の交雑によって成立したことが明らかになった。

核ゲノムデータに基づく更新世オオカミ集団と大陸の現生オオカミ集団の関係と交雑の歴史核ゲノムデータに基づく更新世オオカミ集団と大陸の現生オオカミ集団の関係と交雑の歴史

なぜ小型なのか? 今後の仮題は

今回の結果から、ニホンオオカミはまず大陸に生息していた更新世オオカミ系統の一つが5万7000年前~3万5000年前の間に日本列島へ渡り、ユーラシア大陸とは異なる孤立した系統を形成。日本列島で発見されている巨大な更新世オオカミの化石がこれにあたる。その後3万7000年前~1万4000年前の間に、現生オオカミの祖先やシベリアの一部の更新世オオカミと遺伝的交流を持つオオカミが日本列島へ。少なくともこの2つの系統が交雑することでニホンオオカミが成立し、その後大陸と隔離された地理的環境下で繁栄したと考えられる。このようにニホンオオカミは、複雑な遺伝的起源によって極めてユニークなゲノム情報を持つに至ったことが明らかになった。

本研究結果から推定されたニホンオオカミの起源本研究結果から推定されたニホンオオカミの起源

巨大な更新世オオカミがニホンオオカミの直接の祖先であるか否かについては、長年の論争があった。同研究から判明した更新世オオカミとニホンオオカミの関係性は、これまでのどちらの仮説とも異なるもので、ニホンオオカミの進化史が極めて特殊であることを示した。しかし、ニホンオオカミがなぜ小型であり、それにはどのような遺伝的要因があったのかについてはまだ課題が残されている。これを解明するにはさらに多くのニホンオオカミ、特に更新世や縄文時代など古い年代のオオカミ化石の古代DNA解析を進めることが重要になってくる。

日本列島は基本的にユーラシア大陸から隔離された島弧でありながら、氷期の海水準低下期に断続的に陸続きになるという特殊な地理的環境。こうした環境であったからこそ、今回の成果は大陸集団では検出できない時間軸を伴った生物地理学的な挙動まで解明できたと言える。後期更新世以前(1万2000年以前)の日本列島にはヒグマ、バイソン、オオツノジカ、ヘラジカ、トラ、ナウマンゾウといった様々な大型哺乳類が生息。それらは大陸から断続的に渡来した結果、重層的に集団の置き換わりが起こった歴史を持つ可能性があり、研究グループは今後の古代DNA研究の最も重要なテーマの一つになるだろうとしている。実際、更新世の日本列島に生息していたヒグマもユーラシア大陸から日本列島への複数回の移動の歴史があったことが最近明らかになっている。しかも同研究で示されたように、古い系統が新しい系統に完全に置き換わるのではなく交雑することで新しい集団が形成されていくという過程は、ニホンオオカミのみならず普遍的に起こってきた可能性があり、今後日本列島における哺乳類相の進化史の解明が進むと期待される。また同研究で使用した微量DNA分析技術は様々な分野に応用可能であり、今後は様々な年代の古い試料や損傷した試料からのDNA分析に応用したいと考えているという。

*1 島嶼化(とうしょか):大陸から隔離された島嶼部で見られる進化の傾向に関する説。島嶼部特有の生態系や資源に応じて動物の体サイズが巨大化もしくは矮小化すると考えられている。
*2 更新世:地質時代の区分の一つで、約258万年前~約1万2千年前までの期間。更新世は細かい時代に分けられ、その最後の時代である後期更新世が約13万年前~1万2千年前。
*3 古代DNA解析:化石など古い時代の生物に由来する標本に残された微量のDNA配列を解析する手法。近年の古代DNA解析技術の発展により様々な絶滅生物や古人類の進化系統解析に用いられるようになってきた。
*4 次世代シーケンサー:数億に及ぶ DNA断片配列を高速に決定できる装置。この機器を用いることにより古い化石標本に残された微量DNAの配列を決定することが可能となる。
*5 ミトコンドリアDNA:細胞内小器官のミトコンドリアが独自に持つDNAであり、ミトコンドリアDNAは母親から子へ母系遺伝する。塩基置換率が高いことから、系統解析および分岐年代推定によく用いられる。(分岐年代推定とは、生物間のDNA配列あるいはアミノ酸配列の違いを比較して、系統樹上の分岐した年代を推定する方法のこと)
*6 系統解析:塩基配列やアミノ酸配列の違いを統計的に比較解析することで、生物種間あるいは個体間の類縁関係を推定する解析のこと。

論文名:Paleogenomics reveals independent and hybrid origins of two morphologically distinct wolf lineages endemic to Japan.(古代DNA解析が明らかにしたニホンオオカミの起源の解明)
掲載誌:Current Biology  https://doi.org/10.1016/j.cub.2022.04.034
著者:Takahiro Segawa, Takahiro Yonezawa, Hiroshi Mori, Ayako Kohno, Yuichiro Kudo, Ayumi Akiyoshi, Jiaqi Wu, Fuyuki Tokanai, Minoru Sakamoto, Naoki Kohno, Hidenori Nishihara
《山本真美》

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