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味は濃いめ? 双子パンダの成長支える“パンダミルク”とは…動物用粉ミルク開発の裏側

森乳サンワールドが製造する「パンダミルク-10」
  • 森乳サンワールドが製造する「パンダミルク-10」
  • 森乳サンワールド・生産部長の田中智弘氏(右)と、生産部 アシスタントリーダーの古河亜紀子氏(左)
  • 編集部でパンダミルクを試飲
  • 見た目、作り方は普通のミルクと変わらない。一方、パンダの母乳は、ごく初期にだけ緑色なのだという。アドベンチャーワールド(和歌山県)でも、このミルクがパンダの成長を支えた
  • 「シャオシャオ、レイレイの成長に貢献できていることはこの上ない喜び。今後も元気に育ってほしい」と語る田中氏と古河氏。動物用ミルクの事業については、「一緒に協力させていただきながらパートナーとしてやっていきたい」という

2021年6月に上野動物園で生まれたジャイアントパンダの赤ちゃん、シャオシャオとレイレイは人工哺育で育てられたという。この人工哺育で活躍したのは「パンダミルク」という粉ミルクだということをご存じだろうか。

パンダミルクが必要な理由

パンダミルクの製造元はペットフードやミルクを手掛ける森乳サンワールドという会社だ。同社がパンダミルクを開発したのは1988年。上野動物園からパンダの人工乳(粉ミルク)について相談を受けたことから始まったという。

パンダが始めて日本に来たのは1972年。日中国交正常化を記念して中国から上野動物園に贈られたランランとカンカンの2頭。当時から世界の珍獣と言われていたパンダの繁殖は飼育の目的の一つでもあった。上野動物園では1986年に初めて繁殖に成功し、人工哺育についても検討する必要があった。

パンダの出産では、通常1頭か2頭の赤ちゃんが生まれる。双子が生まれることもあるが、野生下ではどちらか1頭しか育たない。しかし、人工授精した場合双子が生まれる確率が高くなる。「飼育下のパンダの出産において、2頭とも育てるには人工哺育は避けられない。上野動物園から人工乳について相談されたのはそのため」(森乳サンワールド 田中智弘 生産部長)というのがパンダミルク開発の理由だそうだ。

森乳サンワールド・生産部長の田中智弘氏(右)と、生産部 アシスタントリーダーの古河亜紀子氏(左)森乳サンワールド・生産部長の田中智弘氏(右)と、生産部 アシスタントリーダーの古河亜紀子氏(左)

クマの母乳をベースに研究開発

森乳サンワールドでは、1971年の創業当時から犬猫用の粉ミルクを製造・販売している。母乳の成分に近づける粉ミルク開発の知見や技術を活かし、上野動物園の相談に応じることを決めた。

しかし、パンダは希少種のため、当時はサンプルとなる母乳の採取が難しく、関連の論文や研究も少ない。成分の調整や調合は試行錯誤だったという。開発にあたっては類縁種であるクマの母乳をベースにした(田中氏)。パンダは食肉目クマ科に分類される雑食動物だが、基本的に竹など植物しか食べないといった違いがあるため、タンパク質、脂肪分、炭水化物の割合などを調整している。研究の結果、パンダ用の栄養素配分に加え、タウリンが強化された特徴も持つという。

試行錯誤で生まれた製品なので、改良・改善は続いているというが、研究が一気に進んだのは2010年。日本大学がパンダの搾乳機を開発するに当たり、中国の研究機関から協力を得て、母乳の現物をサンプルとして入手することができたためだ。母乳の成分を分析して改良されたものが現在「パンダミルク-10」として販売されている。

粉ミルク開発で得られる知見

動物園では多様多種な動物の飼育、出産に対応する必要がある。必ず人工哺育が必要というわけではないが、動物の種類ごとに人工乳を用意するのはほぼ不可能だ。通常、既存の粉ミルク、近縁種向けのミルクをベースに、水分、タンパク質、脂肪、炭水化物、他ミネラルなどの成分を動物園や施設ごとに調合しているという。

森乳サンワールドでも「パンダミルク」は市販しているもののビジネスとしては考えていないそうだ。しかし、「ペット以外の動物用ミルクの研究・開発は同社の市販製品の安心・安全や品質向上につながるので、各方面からの相談に乗っている」(田中氏)という。現在は、クマミルクとエレファントミルクも製造・販売している。

例えば、同社のエレファントミルクにはグルコサミンが配合されている。そのグルコサミンが子ゾウの骨の強化につながり、骨折対策になる可能性が最近発見されたという。飼育下でも大型草食獣の骨折は生死にかかわる問題だ。このような知見は、様々な動物の人工乳を研究開発することで得られる。

人間も飲める? その味は…

今回の取材では、「パンダミルク」を試飲する機会を得た。筆者や編集部で味見をしたところ、牛乳っぽい味と香りはするが、より濃厚な印象。筆者個人の感想だが、ミルクというより癖のある濃いめの豆乳のようだ。ただし「旨味」がほとんどない。スープから「コク」だけ取り出した後のような味だ。編集部では「コーヒーに入れてみた」という人もいた。だが、味が濃いのでコーヒーの風味を殺してしまう。脂肪分やタンパク質が多いので後味も若干残るそうだ。

とはいえ、無事2頭一緒に育ったシャオシャオ、レイレイの元気な姿を見ればパンダミルクの有用性は感じられるだろう。

編集部でパンダミルクを試飲編集部でパンダミルクを試飲
《中尾真二》

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