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ラッコ・メイとキラの多彩な「技」、その大切な意味とは?…鳥羽水族館

鳥羽水族館のラッコ「メイ」
  • 鳥羽水族館のラッコ「メイ」
  • 鳥羽水族館のラッコ「メイ」
  • 鳥羽水族館のラッコ「キラ」
  • メイのイカ耳ジャンプ
  • 鳥羽水族館 飼育研究部の石原良浩さんとメイ
  • 鳥羽水族館のラッコ、メイ(左)とキラ(右)
  • 水中をすいすいと泳ぐキラ
  • お腹をチェック

海面に仰向けになり、お腹の上で貝を割って食べる可愛い仕草で人気のラッコ。1990年代には日本全国の水族館などで飼育されていたが、残念ながら数が減り、現在では国内3か所で飼育されているのみとなった*。そのうちの1つ、2頭が飼育されている三重県の鳥羽水族館を訪ねた。

鳥羽水生まれのメイと去年やってきたキラ

「メイ」は、17年前に鳥羽水族館で生まれた。寿命が15年から20年と言われるラッコとしては高齢だが、まだまだ元気な姿を見せてくれる。神経質でちょっと怖がりな半面、身軽で活発なところもあるという。色々なことを考えて工夫する、頭の良さも見せるそうだ。

鳥羽水族館のラッコ「メイ」鳥羽水族館のラッコ「メイ」

去年の3月、生まれ故郷である和歌山県の「アドベンチャーワールド」から引っ越してきたのが13歳の「キラ」。メイに食べ物を取られても、「次でいいや」というおっとりした性格だそうだ。小さなことには動じない、どっしりしたところがあるという。

鳥羽水族館のラッコ「キラ」鳥羽水族館のラッコ「キラ」

のんびり過ごしたいキラに、寂しがり屋のメイがちょっかいを出すことがあるそうだ。キラが怒ることもあるが、本気のケンカではないので飼育係は微笑ましい思いで見守っているという。鳥羽水族館で40年間、ラッコの飼育に携わっている飼育研究部の石原良浩さんによれば、1頭1頭が「非常に個性の強い動物」だそうだ。

心身の健康を保つための多彩な動作

ここでは、毎日3回の「お食事タイム」がある。メイとキラは、ご飯を食べながら飼育係と色々なやり取りを見せてくれる。両手で持った貝を来場者の目の前でガラスに「トントン」と打ち付けたり、陸上で立ち上がって飼育係の肩を叩くような動きを見せたりと、多彩な技でも楽しませてくれる。

「シンプルに餌をあげるべきではないか」といった意見も寄せられるそうだが、こうした動作は単なる「芸」ではなく、重要な意味をもつ。野生動物は、視覚や聴覚、嗅覚、ラッコの場合は手の感触など持って生まれた能力をフルに使って生きている。ところが飼育下では、そうした力を使う機会が失われる。備わっている能力が衰えると、健康面に悪影響を及ぼすと同時に、個々の活力(=楽しみ)低下にもつながり得る。

お客さんに喜んでもらう目的もあるが、ラッコの健康管理にも欠かせないことだと石原さんは説明する。

「色々な動きができるようにしておけば、どこかが痛かったり具合が悪かったりする時に発見しやすくなります。また、飼育係が体を触ってチェックすることもできます。例えば、前脚を触る動作では手にケガをしていないかを確認できます。仰向けに浮かんでじっとしていれば、お腹の中にしこりがないかなどを診ることもできます。そのほかにも、関節の可動域を広げたり、体力を維持したりできるメリットもあります」

本来の機能を活かす動き

お食事タイムには、水面に浮かんだおもちゃを拾い、脇の下に抱えて運ぶ技も見せてくれる。脇の下に物を入れるのは、ラッコの習性だそうだ。その動作は普通の行為だが、鳥羽水族館ではおもちゃのサイズや形を変えることで刺激を加えているという。

ラッコの様に前脚を使える動物も、必要がなくなればその機能は衰えてしまう。逆に、変化を与えると色々な動きができるようになるらしい。身体面だけでなく、考えたり楽しんだり、精神的な部分でも必要なことのようだ。また、それぞれの動作はラッコが本来持っている機能を基にして考えられている。「(芸を)教えるといっても、(その動物にとって)まったく突拍子もない動きをさせているわけではありません」と石原さんは語る。

「教える時は、自ら考えさせるように誘導します。例えば、ガラスに付けた餌をとる "イカ耳ジャンプ" というのがあります。初めは、その場で普通にジャンプすれば取れる位置に、イカのヒレの部分(俗に耳と呼ばれる)を貼り付けます。次に、届かない高さに貼り付けて『メイはどうする?』と考えさせます。しばらくはその場でジャンプを繰り返しますが、潜って助走をつけるようになります。どれ位潜って、どれくらいの力でジャンプすれば届くのかを自分で考えて判断できるようになります」

メイのイカ耳ジャンプメイのイカ耳ジャンプ

元気に長生きしてほしいという願い

飼育下では、怪我を負ったり病気にかかったりした場合には治療が受けられる。天敵もおらず、基本的には野生個体よりも長生きするという。とは言え、歳をとると体力が衰えたり健康面に問題が出たりする。色々な動作をさせるのは、何よりも健康寿命をできるだけ延ばしてやりたいという願いからだ。

石原さんは、「普段から色々なことを教えて、少し苦労させることが大切だと考えています。(海よりも)狭いので身体能力を上げることは難しいですが、体力が衰えていくスピードを遅くすることはできると思います。そこには気を配っています」という。お食事タイムに見られる様々な動作は、健康を願う愛情に基づいて、飼育係たちが工夫しながら重ねた努力の賜物のようだ。

「人間と同じで、毎日の積み重ねが大切です。元気な姿を、いつまでも皆さんに見ていただきたいと思います。ラッコたちにも、健康で生き生きした毎日を送ってほしいと願っています」

“可愛い”以上の発見も

これまで13頭のラッコと過ごしてきたという石原さんに、魅力を聞いてみた。我が子を褒める時のように、「担当者が言うのもなんですが…」と少し照れながら、その“可愛さ”を一番に挙げる。「どんな動きをしても可愛いんです」と笑顔で語ってくれた。

だが、それだけではないそうだ。「よく見ていただくと、他にも色々な発見がありますよ。潜ると、水圧で毛の間に溜まっていた空気が気泡になって押し出されます。キラキラ光ってすごく綺麗なんです。プールの底では、ひげを前に出して食べ物がないか探っています。可愛い以上の面が見えて、とても面白いと思います」

鳥羽水族館に初めてラッコが来たのは1983年のことだった。それ以来、この動物と付き合ってきた石原さんは、初来日が10月3日だったことも鮮明に覚えている。ラッコへの思いの深さが感じられた。

鳥羽水族館 飼育研究部の石原良浩さんとメイ鳥羽水族館 飼育研究部の石原良浩さんとメイ

そんなラッコの性格は、分かりやすく表現すると犬よりも猫に近いそうだ。犬は飼い主に喜んでもらったり、褒めてもらったりするための行動が多い。ラッコの場合、飼育係のために自発的に何かをすることはないそうだ。

「お食事タイム」では飼育係との可愛いやり取りが見られるが、これも「単純に、ご飯をもらうためです」と石原さんは笑う。人とのコミュニケーションは取れるが、基本的にマイペースなところが「犬よりは猫に近い」ということだ。

ラッコ:イタチ科カワウソ亜科ラッコ属でカワウソの仲間(英語ではsea otter=海のカワウソ)。厚い毛皮によって寒さを防ぐとともに、その中に蓄えた空気の層で水に浮く。海上で生活し基本的には単独行動する動物だが、休息や睡眠時には集まる習性がある。かつては毛皮をとるために乱獲され、絶滅寸前まで減少した。近年生息数自体は増えているが、現在でも絶滅危惧種に分類されている。野生ではカニ、貝、ナマコ、エビや動きの遅い魚など、海の底の方に住む動きの遅い生き物を食べる

*現在ラッコを飼育しているのは、鳥羽水族館(三重県)とマリンワールド海の中道(福岡県)、鴨川シーワールド(千葉県)の3館。展示を行っているのは、鳥羽水族館とマリンワールド海の中道のみ
《石川徹》

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