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マタタビが猫の“脳内麻薬”分泌を促進、蚊を遠ざけて感染症予防効果も…岩手大学が発表

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  • アムールヒョウ
  • キャットニップ(イヌハッカ)の葉
  • ヒトスジシマカ
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  • マタタビ

猫がマタタビの葉を体に擦り付けながら転がる「マタタビ反応」が、虫よけの目的であることが示されたと岩手大学が発表した。同大学農学部の宮崎雅雄教授らが、名古屋大学、京都大学およびイギリスのリバプール大学と共同で行った研究で分かった。科学雑誌「サイエンス」の出版も手掛ける「アメリカ科学振興協会」が運営する、「サイエンス・アドバンシス」誌の電子版に1月20日付けで論文が掲載された。

ネコ科の動物に特有のマタタビ反応

一般にマタタビが有名だが、「キャットニップ(日本名:イヌハッカ)」と呼ばれるハーブにも同様の反応を示す。葉に顔や頭を擦り付けたり、葉を舐めたり噛んだり、地面に置いた葉の上で転がったりという特徴的な行動が見られる。猫だけでなく、ヒョウやライオンなどネコ科の動物に特有なこの行為は通常5分から15分ほど続き、その後は再びマタタビを近づけても1時間以上は無反応になるそうだ。

アムールヒョウアムールヒョウ

最初に報告した文献は江戸時代

1704年に日本の植物学者が書いた文献にあるマタタビ反応が世界で最も古い記録とされている。また、1859年に描かれた浮世絵「猫鼠合戦」では、ねずみの武器として登場しているそうだ。イギリスにも植物学者による1759年の記録が残っているとのことで、古くから世界中で知られていたことがわかる。

カギは「ネペタラクトール」という物質

今回の研究結果は、以下の点にまとめられる。

・マタタビ反応が主に「ネペタラクトール」という物質によるものであることが判明(イヌハッカの場合は「ネペタラクトーン」)
・犬とマウスは全く反応しなかったのに対し、アムールヒョウ、ジャガー、シベリアオオヤマネコも同様の反応を見せた(動物園で実験)
・人間では報酬系や多幸感に関わる神経系の「μ(ミュー)オピオイドシステム」が関係している
・マタタビの葉を擦り付ける行為によって、ネペタラクトールが頭・顔・体に付着。その結果、蚊を寄せ付けない効果が確認された

なお、これまでに世界中で行われた様々な研究を総合すると、41種類のネコ科動物のうち21種類にイヌハッカによる試験が実施されている。その中で、13種類が反応を示したとされているそうだ。

この行動は、狩猟方法に関連があると宮崎教授は考えている。獲物を待ち伏せて狩りをするネコ科の動物は、茂みに隠れて長時間じっとしている場合が多い。その際、蚊に刺されて不快感を覚えたり蚊が媒介する感染症にかかったりすることを防止する目的で、ネペタラクトールを虫よけに使っていると思われるとのことだ。

研究の意義

今回の実験では日本に多い「やぶ蚊(正式名:ヒトスジシマカ)」が使用された。ネペタラクトールがその他の蚊にも有効であれば、天然素材を使った様々な防虫剤の開発が可能と考えられる。「蚊は日本脳炎やジカ熱など様々な伝染病を媒介する人類の天敵ともいえるため、ネペタラクトールを活用した蚊の新たな忌避剤の開発を検討したいと考えます」と宮崎教授は語っている。

ヒトスジシマカヒトスジシマカ

研究の概要:マタタビの抽出物からネペタラクトールを特定

この研究では、まずマタタビの葉からさまざまな成分が抽出された。蒸留やアルカリ熱処理、酸の使用といった他の研究で行われてきた方法を避け、オーガニックな溶剤を用いた「カラムクロマトグラフィー」という分析法を採用したそうだ。これは、抽出した成分を壊さないための方法だという。さらにその後の細かなプロセスを経て、これまでの研究で注目されていなかったネペタラクトールを特定。科学的に合成したネペタラクトールを使って実験が行われた。

半数以上の猫がネペタラクトールにマタタビ反応を見せた

研究室で飼育していた25匹の猫にマタタビの葉からの抽出物を嗅がせたところ、18匹が反応を見せた。この18匹の中から15匹を使い、ネペタラクトールをしみこませた紙を近づけたところすべての猫が顔を擦り付けたり転がったりする行動をとり、10分ほどで興味を失ったことが観察された。これは、実際に猫がマタタビの葉に触れた場合と同様の反応とのことである。

さらに、そのほかの猫30匹でも同じ実験を行ったところ、17匹が紙に顔をこすり付けるなどの反応を見せたそうだ。なお、無反応だった猫に関しては、生まれつき反応しない個体なのか、実験環境の影響が考えられるとしている。

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ネペタラクトールが「脳内麻薬」の分泌を促進

次に研究チームは、ネペタラクトールが猫にどう作用しているのかを調べた。マタタビ反応で猫が見せる行動は、「極端な快楽を感じている(英語版の論文より)」としばしば解釈され、陶酔状態とも表現されることがある。そこで、ネペタラクトールの臭いが人間においては報酬と多幸感をコントロールしている神経系の「μオピオイドシステム」を刺激するのではないかという仮説が立てられた。

5匹の猫を使った実験では、ネペタラクトールに触れる5分前と5分後に採血し、この神経系を活性化させる「β(ベータ)エンドルフィン」の量がどう変化するかを調べた。この神経伝達物質は俗に「脳内麻薬」とも呼ばれ、鎮痛効果や気分の高揚・幸福感などが得られることで知られている。検査の結果、ネペタラクトールに触れた後ではβエンドルフィンの明確な上昇がみられた。一方、μオピオイド拮抗薬(働きを阻害する薬)を与えた場合には、マタタビ反応が明らかに減少したことが分ったそうだ。

研究チームでは、歩行や毛づくろいなどその他の行動には変化がなかったため、μオピオイドシステムが猫の反応行動に関連していることが明らかになったとしている。

ネペタラクトールを体に擦り付ける理由は「蚊よけ」

人間の場合、ネペタラクトールを体に付けることで蚊を遠ざける効果があることは既に報告されている。そこで研究チームは、猫の場合も同様の効果があると仮定した。ネペタラクトールを頭部に塗った猫と塗っていない猫、それぞれ6匹ずつを蚊のいる環境に入れて観察した。その結果、ネペタラクトールを塗った猫には、止まった蚊が約半数だったことが確認できたそうだ。さらに自然な環境下で行った観察でも、マタタビの葉を擦り付けた猫たちには明らかに蚊が寄り付きにくくなっていたそうだ。

なお、転がる行為は「酔っている」などとも表現されることがあるが、これは純粋にネペタラクトールを体に擦り付けるための機能的行動と考えられるとしている。

ケージの天井や壁面にネペタラクトールを含ませた紙を置いた場合、顔や頭をこすり付ける行動は見られたが、床で転がる猫はいなかったためである。

《石川徹》

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