前回は、競走馬であるサラブレッドたちの引退後について紹介した。毎年7000頭が生まれ、ほぼ同じ数が競馬の舞台から去る。そして、その最期はほとんど知られない。そんな中、ゲーム「ウマ娘 プリティーダービー」のヒットが「引退馬」支援の殺到につながった。今回は、そうした引退馬の余生を支える認定NPO法人「引退馬協会」の活動を紹介する。
活動の柱は共同里親制度
引退馬協会の柱は、1頭の馬をたくさんの人で支える共同里親システムの「フォスターペアレント制度」である。1か月1000円の会費と維持管理費(0.5口2000円/月から申し込み可能)で、好きな引退馬の「里親」の1人になることができる。
サポートを受ける「フォスターホース」たちも、養われるだけでなく、里親たちが馬に対する知識や理解を深めるための仕事に携わっている。牧場へ事前予約をすれば、フォスターホースと触れ合うことが可能だ。餌をあげたり手入れをしたりして、心を通わせながらぬくもりを感じることができる。
預託先を探すサポート「引退馬ネット事業」
引退馬の預託先を探す活動にも取り組む。また、小規模な引退馬繋養団体の設立やその運営に対する支援も継続的に行っている。こうした「引退馬ネット事業」では、「3つの喜びをひとつに繋げるお手伝い」を通して人間と馬、両方の幸せを実現することを目指している。
・引退馬協会の考える3つの喜び
1.馬の生活を支えることのできる馬主の喜び
2.やりがいと誇りをもって馬を預かることのできる牧場の喜び
3.良い飼養環境で暮らすことのできる馬の喜び
新たな道を探す「再就職支援プログラム」
引退した競走馬を再訓練し、最適なセカンドライフを見つける活動として「再就職支援プログラム」も行っている。競走馬は子どもの頃から全力疾走するように育てられ、競争心が強い。一方、乗馬などレース以外においては、立ち止まったり、ゆっくり歩いたり、駆け足をしたり、左右に曲がったりと全く違う動きが要求される。
馬たちの戸惑いは大きく、慎重な再訓練が必要になる。人と穏やかに暮らすための約束ごとや、乗用馬としての基礎を教えるそうだ。通常は3か月から半年ほどのトレーニングを受け、適性を見極めたうえで乗馬や障害競技に転向したり観光牧場に引き取られたりする。ただし、この期間で可能なのは基礎的な訓練に限られるそうだ。「第二の馬生」に踏み出した後も、馬たちは継続的に新しい生活に慣れていく必要がある。
広く一般に向けた馬との触れ合い事業
引退馬協会の拠点である乗馬倶楽部イグレット(千葉県)では、「馬と人のふれあい事業」として「フォスターホースと過ごす日」を隔月で開催(現在は新型コロナウイルスの関係で休止中)。毎年8月にはバーベキュー大会が同時開催され、参加者同士の交流を図っている。
騎乗やお手入れ体験に加え、専門家によるセミナーなどを通し、参加者が馬への理解を深める機会を提供している。このイベントは一般公開で行われており、会員でなくても参加することができる。
引き取りの初期費用だけで100万円が必要
ナイスネイチャのバースデードネーションでは、当初200万円の支援金が目標だった。これには、引退馬を引き取って移送し、必要な医療措置を行う費用が含まれている。また、受入れる牧場に支払われる当面(6か月分をメド)の預託料などを合わせると、1頭当たり100万円の当座費用が必要だそうだ。
今回は2頭分を捻出したいと掲げた目標だったが、ウマ娘による話題性も追い風となり3500万円を超える支援金が集まった。沼田代表理事は、「感謝の一言しかありません。皆さまのお気持ちを大切にして有効活用します。頂戴したご寄付は、確実に馬たちのために使います」とのコメントを発表している。
最後まで見守る責任
レースから引退する馬は、毎年およそ5000~7000頭にのぼると言われる。当然、引退馬協会がサポートできる頭数は限られる。また再就職支援プログラムを終了しても、行き先が見つからず「卒業」待機中の馬も複数いるそうだ。
すべての引退馬に道を見つけることはできず、「じれったいと思うこともある」(沼田代表)のは当然だろう。そんな中、引退馬協会は「最後まで確実にすべての馬たちを見守るために」という考えで活動を続けている。
競馬関係者の動物福祉への意識向上にも期待
JRAのレースを走る競走馬は、2~3歳でデビューする。ほとんどが10歳までに現役を終えるが、中には3歳ほどで次のキャリアに進まざるを得ない馬も珍しくないそうだ。馬の寿命は20年から30年と言われており、レースから引退した後の生活は長い。しかし、中央競馬の舞台を去る多くの競走馬たちの、「第二の馬生」に関心を持つ関係者は少ないようだ。
そんな中、競走馬の育成から養老牧場としての運営に転換した牧場経営者がいるという。馬糞を使った堆肥を農業に活用する、新しいビジネスモデルの構築を目指す元馬術競技者もいると聞く。また、徐々にではあるがJRAも引退馬に対する助成金交付を始めた。
前編の冒頭で紹介したように、「動物の愛護及び管理に関する法律(動物愛護法)」の改正や殺処分ゼロに向けた取り組みなど、愛玩動物に対する社会の姿勢には変化(の兆し)が見られる。競走馬の命に対しても、関係者の間で意識の変化が加速していくことに期待したい。
引退馬という存在が、もっと広く知られるように
バースデードネーションのコメント欄には競馬ファンから、「知りませんでした。ナイスネイチャが生きていたんですね。うれしい!」という声が多く寄せられるという。ファンの間でもあまり知られていなかった引退馬という存在だが、ウマ娘のブレークによって認知は高まっているようだ。知られることで救われる馬たちも増える。2頭を目標に開始した今回の募金では、30頭近い引退馬のサポートが可能になった。
「まずは馬に触れて素晴らしさを直接感じて欲しい」と語る引退馬協会にとって、ウマ娘が思いがけない追い風になっているようだ。次回からは、同協会の沼田恭子代表理事に話を聞く。