人間と犬との付き合いは長く、縄文時代の遺跡からも犬の骨が見つかります。世界に目を向けると、農耕が始まった約1万年前には人間と犬が一緒に生活していた痕跡があるそうです。そんな歴史の中、これまでに様々な犬種がつくり出されました。遺伝性疾患などの負の面については、これまで時折触れてきました。
その一方で、バラエティに富んだ犬たちには多くの魅力があるのも事実です。このシリーズでは、普段あまり会うチャンスのない犬種を紹介していきます。第1回は「アイリッシュ・ソフトコーテッド・ウィートン・テリア」(ウィートン)という、長い名前の犬です。
犬種とは
見た目や性格など、犬を特徴に基づいて細かく定義したものを「犬種標準(Breed Standard)」といいます。純血種の場合、それに基づいて血筋の管理や登録、血統書の発行などを各国の「畜犬団体(ケネルクラブ)」が行います。日本の場合、「ジャパンケネルクラブ(JKC)」がこれに当たります。
世界的な組織としてベルギーに「世界畜犬連盟(FCI)」があり、JKCなど多くのケネルクラブが加盟しています。ちなみに、一番新しい犬種は、ポルトガル原産の「TRANSMONTANO MASTIFF(トランスモンターノ・マスチフ)」という犬です。2020年の2月に、368番目の犬種としてFCIに登録されています。今後も数は増え続けていくでしょう。
アイルランドから来た友好的なテリア
さて、アイリッシュ・ソフトコーテッド・ウィートン・テリアを直訳すると、「アイルランドの柔らかい毛の小麦色のテリア」です。その名の通り、原産国はヨーロッパの西の端にあるアイルランド共和国。農業が盛んな国です。
FCIの資料によると、この犬種は比較的小規模な農場で、アナグマやカワウソなど害獣とされた動物の駆除に活躍していたそうです。もともと猟犬としてつくられたテリアは、活発で少し激しい性格の犬が多い傾向があります。そんな中で、ウィートンは犬にも人にも、とても友好的だそうです。

本格的な狩猟よりも、農場で人間をサポートしてきた歴史的な背景がフレンドリーな性格を培ったのかも知れません。明るくて人懐っこく、甘えん坊な一面があるそうです。ブリーダーさんによれば、いわゆる「しつけ」もしやすいとのことで、家庭犬として良きパートナーになってくれそうです。
小麦色の柔らかな被毛
「ソフトコーテッド」と呼ばれる通り、被毛の柔らかさは独特です。FCIは、「ソフトで絹のよう(シルキー)」と表現しています。少しウェーブやカールがかかった毛は、成犬になっても子犬のような優しい手触りです。英語で小麦をウィート(wheat)と言いますが、このしなやかな毛が小麦色なところから「ウィートン・テリア(=小麦色のテリア)」と名付けられました。
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トイプードルやマルチーズなどと同様の「シングルコート」で、抜け毛が少ないのも家庭犬に適しているかもしれません。ただ、抜けない毛は人間と同じように伸び続けるので、定期的なトリミングや毎日のブラッシングは必要です。お手入れが大事な犬種ですが、トリミングで色々なスタイルを楽しめる魅力もありそうです。
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日本ではあまり会えない犬種
そんなウィートンですが、日本ではあまり会う機会がありません。JKCの「犬種別犬籍登録頭数」を見ると、昨年は全国で10頭が登録されただけです。しかもこの10頭は、同じお母さん犬から7月に誕生した“きょうだい”。この誕生がなければ、新規登録はゼロだったかもしれません。
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それ以前も、2020年に5頭、2019年は7頭、2018年はわずか1頭が登録されただけです。なかなか見かけることのできない、珍しい犬種であることが分かります。ちなみに、日本で一番多いトイプードルは、昨年1年間で8万3000頭以上が登録されています。
少し大きめの中型犬
ふわふわな被毛のため大きく見えますが、JKCの犬種標準ではオスの体高が46~48cmとされています。ボーダーコリーの体高が53cmなので、ウィートンも中型犬といったところでしょう。ゴールデン・レトリーバーなどよりも小柄です。個体差はありますが、体重は10数kgから大きい個体でも20kgほどだそうです。
一緒に暮らすためにはある程度の生活スペースが必要ですが、人懐っこくて聞き分けの良い性格や抜け毛の少なさ、トリミングの楽しみなど、魅力が多い犬種と言えます。犬種特有の疾患も特に指摘されておらず*、健康面での心配もあまりなさそうです。
甘ったれのウィートン
実際にウィートンと暮らしている飼い主さんによれば、“明朗快活な犬”だそうです。「甘ったれなところもあって、“テリアであってテリアでない”と言われることもある」ほど、誰にでも友好的なのがウィートンだそうです。
先日、去年生まれた犬たちを中心に、10頭以上が集まるイベントが行われました。短距離走や「待て」などの競技の間、終始、楽しそうにじゃれ合うウィートンたちの様子が印象的でした。もちろん、けんかは一度もありませんでした。風になびく「絹のような小麦色の長い毛」はとても優雅でした。

この素敵な犬たちに会う機会が、もっと増えればいいなと思います。ニュージーランドにウィートンを大切に育てている犬舎があるそうです。ブリーダーさんが本当に納得した相手にしか渡さないらしく、譲ってもらうのは簡単ではないとのことです。
日本が犬を大切にする国だということを外国の愛犬家に理解してもらえるよう、私たち一人一人が動物福祉の向上を意識していきたいですね。
* 世界で最も古い畜犬団体であるイギリスの「ザ・ケネルクラブ」は、遺伝性疾患を中心に健康面で注意すべき点がある純血種について「ブリードウォッチ(Breed Watch)」という情報発信を行っている。現在、ウィートンに健康面の不安は指摘されていない