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ネコ科の動物も社会性が重要…ズーラシアのツシマヤマネコの引っ越し

ズーラシアで人工授精による繁殖に成功した、ツシマヤマネコの子ネコ《写真提供 よこはま動物園ズーラシア・広報》
  • ズーラシアで人工授精による繁殖に成功した、ツシマヤマネコの子ネコ《写真提供 よこはま動物園ズーラシア・広報》
  • ズーラシアで人工授精による繁殖に成功した、ツシマヤマネコの子ネコ

日本固有種であり希少動物であるツシマヤマネコ。日本で初めて人工授精により繁殖したよこはま動物園ズーラシア(神奈川県横浜市)の子ネコは、現在、東山動植物園(愛知県名古屋市)に引っ越している。その経緯をズーラシアに取材した。

ツシマヤマネコ保全の取り組み

ツシマヤマネコはベンガルヤマネコの亜種とされている。名前のとおり長崎県の対馬にしか生息していないヤマネコである。1995年、当時の環境庁がヤマネコの保護増殖事業を発足させ、動物園でも飼育が始まった。2000年には福岡で始めての繁殖に成功している。飼育下での繁殖は現在、福岡市動物園、ズーラシア、井の頭自然文化園、東山動植物園、京都市動物園で取り組んでいる。

多数の動物園で飼育するのは、災害や伝染病などに対する危険分散の考え方による。本来であれば生息地やその近くの環境が飼育には望ましいはずだが、ツシマヤマネコやイリオモテヤマネコなど特定の島、エリアにしか生息していない希少動物は、大災害や大事故などで一気に絶滅しかねない。

飼育エリアを分散させるのは、このリスクを回避するためでもあるが、動物園のある気候、環境、緯度のような条件を考慮して分散先を決めている。また、保護、繁殖については動物園ごとに役割や研究分野も分担し、成果や知見の共有や交換も行うようになっている。例えば、ズーラシアでは主に栄養管理と人工繁殖の研究を行っている。

他の野生動物の例にたがわず、ツシマヤマネコも生息域の減少や交通事故などで数を減らしている(他にも狩猟罠、イエネコや家畜の感染症など)。1960年代には250~300頭と言われていた生息数が1996年ごろには80~90頭に減っている。現在は100頭前後といわれるが、個体を増やしていくには人工繁殖の技術は欠かせない。

2021年3月にメスの赤ちゃんが誕生

ズーラシアでは2006年からツシマヤマネコを飼育している。環境省が定めるツシマヤマネコ飼育下繁殖計画に基づき、2019年度に初めて腹腔鏡を使った人工繁殖を行った。翌2020年度に人工授精は成功し2021年3月に1頭のメスが無事生まれた。このとき生まれたのが、今回東山動植物園に引っ越した子ネコだ。ズーラシア飼育展示係ツシマヤマネコ担当の薄井正氏によれば「これまで人工繁殖の場合、開腹手術によって子宮に直接精子を注入する方法で人工授精が行われていましたが、腹腔鏡を使うことで負担の少ないかたちで卵管に精子を注入する方法をとりました」とのことだ。

出産後、母ネコも世話をし始め安心かと思ったが、母乳がほとんど出ていないことが判明した。子ネコの生死にかかわる問題だったので、やむを得ず生後1日で人工哺育に切り替えたそうだ。

ズーラシアで人工授精による繁殖に成功した、ツシマヤマネコの子ネコズーラシアで人工授精による繁殖に成功した、ツシマヤマネコの子ネコ

その後は順調に育ち、性格は人懐っこく、飼育中に大きなトラブルはなかったという。ただ、生後半年くらいの頃に、急に人を警戒するような素振りを見せ始めたりもした。人間でいえば、自我が芽生え、自分や親、他人の区別がつくようになる頃の反応に近いのかもしれない。

引っ越しの理由は「保育園に入れるため」

2021年10月には東山動植物園に引っ越しとなったが、その理由は「保育園に入れるため」(薄井氏)だという。「ネコ科の動物は、成獣になる前に兄妹など他のネコと接することで、その後の生育や健康、繁殖によい影響を与えることがわかっている。そのため、いくつかの動物園から子ネコが集められて、東山動植物園は保育園のような役目を担っているのです」(薄井氏)

だが、人工哺育で人間に慣れすぎても、自分を他の仲間の動物とは違う存在だと認識してしまい、他の個体や群れになじまないという問題もある。そのためズーラシアでは、保育室に鏡を入れて自分の姿と人間の姿を見せるようにしていた。鏡が本当に効果があったかどうかは不明だが、東山動植物園では他の園からきた子猫たちともよく遊んでいるそうだ。

言うまでもないが、動物園は単に珍しい動物を展示するだけではない。各国、各地の動物園は連携して野生動物の保全、および希少種・絶滅危惧種の繁殖にも力を入れている。ズーラシアでは、2021年11月、新たに4頭を迎え入れツシマヤマネコの繁殖に取り組むという。

《中尾真二》

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