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【獣医療の最前線】同じ動きを繰り返し生活に支障をきたす、犬の“常同障害”[インタビュー]vol.1

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  • 獣医師の山田良子氏
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REANIMALでは以前、動物の問題行動を獣医学の観点から治療する獣医動物行動学を紹介しました。東京大学附属動物医療センター(=東大の動物病院)の「行動診療科」に訪れる飼い主の、およそ半数が犬や猫の攻撃行動に悩んでいるそうです。

同医療センターの場合、次に多いのが犬の「常同障害」という疾病です。あまりなじみがない病名ですが、その名の通り「常に同じ」行動を繰り返すことで生活に支障が出る障害です。今回は、犬の攻撃行動と常同障害に詳しい山田良子博士に、その症状と治療のポイントについてお聞きしました。

獣医師の山田良子氏獣医師の山田良子氏

生活に支障が出る「常同障害」

----:最初に、常同障害とは具体的にはどんな病気なのですか? 常同行動と言うのは、身体を大きく左右に揺らすとか、同じところを行ったり来たりするとか、同じ動きを繰り返すことですね?

山田良子博士(以下敬称略):ある行動が、異常な頻度や程度で現れる状態を「常同障害」と呼びます。同じ動きを繰り返す「常同行動」よりもひどく、生活に支障が出るレベルまで発展してしまったものが常同障害と診断されます。例えば、犬が足先など体の一部を舐め過ぎて出血したり、尻尾を噛んでけがをしたりというケースがあります。中には、食事もせずに同じ行動を続けるという症例もあります。

----: 人間の場合、例えば手を洗い続けないと気になって生活に支障が出るようなことがありますが、同じような行動なのでしょうか?

山田:そうですね。犬の常同障害は、人間の強迫性障害と少し似たところがあると言われています

常同「行動」と「障害」との見極めが重要

----:足先を舐める行動などは、犬には割と頻繁に見られる印象があります。常同「障害」かどうかの見極めが難しいと思うのですが…。

山田:同じ行動でも常同障害なのかどうかの判断がすごく重要です。例えば、犬が緊張した時に足先を舐めたり身づくろいをしたりするのは、「転位行動」と言って正常な行動です。人間でも、緊張すると痒くもないのに頭や顔を掻くことがありますよね。それと同じです。また、遊びとして自分の尻尾を追いかける犬もいます。リラックスや遊びといった目的が達成されたら、短時間でその行動が終了する場合は正常な行動と診断されます。

これに対して、同じ行動が続く場合は「常同行動」とされます。さらに、日常生活に支障をきたすようになると常同「障害」となります。頻度と程度が通常から逸脱してしまうかどうかが判断のポイントになります。

もう1つ注意する必要があるのは、飼い主さんの関心をひくための行動です。そうした場合、常同障害ではないので別の対応が必要です。飼い主さんのいない場所ではどうなのかなど、診断には細かな観察が必要です。また、かゆみや痛みといった体の異常でもこのような行動が出ることがあります。病気が隠れていないかチェックすることは重要ですね。

----:常同障害の場合、そのほかにはどんな症状があるのでしょうか?

山田:大きく分けると5つのパターンがあります。尻尾を追いかけて回転したり、うろうろ歩き回ったり飛び跳ねたりするなど、動きに関するもの。体の一部をずっと舐めたり噛んだりする、毛布や自分のわき腹を吸う、異物を食べ続けるといった口に関連するもの。吠え続けるなど、声が関わるもの。単調に吠え続ける行動は認知機能障害などでも起こることがありますが、常同障害の場合もあります。

そのほか、「ハエ追い行動」と呼ばれる幻覚症状のようなものもあります。あたかもハエがいるかのように、口をパクパクさせたり飛び上がって捕まえようとしたりする行動です。また、光や影を追い続けるような症状が出ることもあります。5つめは攻撃性に関するもので、例えば自分の尻尾を噛んで出血するような自傷行動です。重複する場合もありますが、この5つのパターンに分けられます。

遺伝と環境および退屈が原因?

----:一概には言えないと思いますが、原因は何なのでしょうか?

山田:まだはっきり分かっていません。生まれつきの遺伝要因と、生活上の問題など環境要因の両方が関連していると考えられています。多くの場合、原因は1つでなく色々なものが複雑に関わっていると思われます。

----:遺伝的要因もあり得るというと、犬種的な傾向はあるのでしょうか?

山田:犬種差は明確にあります。例えばブルテリアやジェーマンシェパード、柴犬には尻尾を追いかけてぐるぐる回る「尾追い行動」が多いことが報告されています。ドーベルマンには、毛布や自分のわき腹を吸うといった行動が頻発します。ボーダーコリーやシェルティ(シェットランド・シープドッグ)の場合、光や影を追いかけ続ける常同障害の報告もあります。また、大型犬全般に、足先を舐め続けることによる舐性皮膚炎(しせいひふえん)が好発するとも言われています

----:そうした明確な傾向があるとすると、やはり遺伝的要因が大きい印象を受けますが…

山田:遺伝要因が関与する可能性が高いと思いますが、具体的にどの遺伝子が関与しているかといったことは明確には解明されていません。研究も進んでおり、ドーベルマンの「毛布吸い・わき腹吸い」に関しては、関連する遺伝子が1つ報告されています。ただ、実際にどう作用しているのかについてはまだ分かっていません

----:牧羊犬が「追いかける」というところも、遺伝的な特性がありそうですね

山田:おっしゃるように、シェルティやボーダーコリーはもともと牧畜犬で運動が必要な犬種です。家の中で長時間過ごし、運動量が少ない状態はあまり望ましくありません。環境刺激の不足も常同障害には大きく関わっていると考えられています。

----:退屈が原因ということですね?

山田:そうですね。動物園にいる動物の場合、常同行動が「環境エンリッチメント」*で改善されることがありますので、そう考えられます。餌をただ与えられるのではなく、食べるために自分で工夫することが必要な仕掛けの給仕機を使用すると、症状の改善が見られるといった例もあります。

* 「…動物種に固有の行動を発現しやすくなるような刺激、構造物および資源を提供する」(公益財団法人日本実験動物協会)ことで動物の幸福や健康を確保する考え方。犬の場合、例えば食物を隠しておいて匂いで探す行動を促すような手法を訓練に活かす場合がある


常同行動は障害にまで発展した場合、動物自身が精神的・肉体的ダメージを負うだけでなく、飼い主の精神的負担も大きくなることが考えられます。大切な「我が子」が、例えば自傷行動を続けるなどといった場合には共に暮らす人間にも影響が及ぶでしょう。次回は、そうした常同障害の治療方法から早期発見のコツについてご紹介します。 

山田良子: 獣医師、博士(獣医学)
東京大学農学部獣医学専修及び同大学院博士課程卒業。同大学附属動物医療センターの行動診療科で臨床に携わりながら、柴犬の攻撃行動と常同障害について動物行動学や臨床行動学の観点から研究。動物も人間も、共に暮らしやすい社会づくりに貢献したいと語る。供血猫として活躍した10歳の猫「ゆき」くんと暮らす愛猫家。

《石川徹》

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