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【獣医療の最前線】犬の膀胱・尿道移行上皮がん、新しい治療法に向けた臨床試験[インタビュー]

東京大学 大学院農学生命科学研究科・獣医臨床病理学研究室の前田真吾助教
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  • 東京大学 動物医療センター

これまでREANIMALでは、ペットの寿命が年々延びていることを紹介してきた。家族の一員である犬や猫が長生きすることは、飼い主にとって喜ばしいことに違いない。しかし、歳をとれば一般に健康上の問題も増える。人間同様、犬も高齢化に伴いがんにかかるケースが増えており、10歳以上の犬の3~4頭に1頭は何らかの腫瘍性疾患で通院しているというデータもあるそうだ。

そんな中、動物に関しても難病の治療に向けて多くの研究が行われている。REANIMALのコラムで紹介されているパピヨンの「ルナ」は(参考記事)、最先端医療に取り組んでいる東京大学附属病院・動物医療センターで行われている臨床試験に参加した。進行が速く治療が難しい「移行上皮がん」と診断されたため、新薬による治療を受けた。

今回は、担当医である農学生命科学研究科・獣医臨床病理学研究室の前田真吾助教に、移行上皮がんを中心に動物に対する先端医療について話を聞いた。

有効な治療法の無い移行上皮がん

----:早速ですが、一般的に犬のがんは近年増えているのでしょうか?

前田助教(以下敬称略):腫瘍性疾患が年々増えているのは、データとして間違いありません。理由は断言できませんが、獣医療が進歩してワンちゃん、ネコちゃんが長寿化したことが大きな要因ではないでしょうか。人間と同じように、高齢になるとがんの発症率は上がると思います。

----:その中で、先生の専門の1つである移行上皮がんについてお聞きします。簡単に言うと、膀胱とその周辺に発生するがんという理解で正しいですか?

前田:そうですね。主におしっこを溜める膀胱と、そこからの通り道である尿道にできます。膀胱と腎臓を繋いでいる尿管にもできることがありますが、稀なケースです。

----:移行上皮と呼ぶのはなぜですか?

前田:膀胱はかなり伸び縮みする臓器なので、内側を覆っている粘膜も伸び縮みします。それに伴って形が変わるこの粘膜が、移行上皮と呼ばれています。

----:移行上皮がんは動物には多い病気なのですか?

前田助教:猫では稀です。犬の場合も全腫瘍の2%くらいと言われており発症率は高くありませんが、有効な治療法が無いために苦しんでいるワンちゃんや飼い主さんは多いです。

副作用に苦しんでQOLが下がるのは避けたい

----:今回、ルナちゃんが参加した治験はどんなものですか?

前田:「ネクサバール」というお薬を使った治療です。がん細胞だけがたくさん持っていたり、がん細胞だけに異常が出ていたりする分子、つまりタンパク質があります。このお薬は、それらを狙いうちで攻撃する「分子標的薬」というものの一種です。

----:がんだけをピンポイントで攻撃するのですか?

前田:ピンポイントですが、がん「そのもの」だけではありません。マルチキナーゼ阻害剤と呼ばれるこのお薬は、複数のターゲットを攻撃します。具体的には、まずがん細胞そのものです。がんを発現する要因となるBRAF(Bラフ)という物質を抑えることで、がん細胞を叩きます。同時に、VEGF*やPDGF**という物質の受容体にもアプローチして、がん細胞周囲の血管新生の活動を抑えます。つまり、直接がん細胞の増殖を抑制しながら、がん細胞に血液の供給を妨げる働きもするわけです。
(* 血管内皮細胞増殖因子; ** 血小板由来成長因子)

----:血管新生とはどういうことですか?

前田:がんは、とても活発に増殖する細胞です。したがって栄養や酸素が必要で、周りに血管を呼び寄せるような活動をします。その指令を出すのがVEGFなどの物質です。それを受け取る「受容体」の働きを抑えることで、新しい血管ができないようにする戦略です。がん細胞をダイレクトに攻撃しながら、血管が新たにできないように「兵糧攻め」にするという複数のメカニズムでがんをやっつけるのが、この薬のコンセプトです。

----:犬の腫瘍のうち移行上皮がんは2%ほどというお話しでした。治療ニーズは高いのでしょうか?

前田:そうですね。がんでも、例えばリンパ腫などは従来からある抗がん剤がとても効きます。でも、移行上皮がんや前立腺がんには従来の薬があまり効かないので、新しい治療法が求められています。実は、臨床試験を始めた当初は患者さんがあまり来ないのではないかと思っていました。でも、日本全国から多くの飼い主さんがいらっしゃっているので、ニーズは高いと感じています。岡山県から通院しているワンちゃんもいますし、問い合わせは香港からもありました。

----:がんの薬と効くと、副作用がつらいというイメージがあります。

前田:従来の抗がん剤は増殖している細胞を手当たり次第に攻撃するため、正常な細胞も壊してしまいます。それが副作用となって現れます。人間の場合に毛髪が抜けるのはそのためですし、食欲不振や嘔吐・下痢なども活発に増殖している胃腸の粘膜がダメージを受けるためです。あと、骨髄で常につくられている白血球の値も下がってしまいます。

----:ネクサバールの場合はがん細胞と血管新生機能だけを攻撃するので、そうした副作用は出ないのですね?

前田:かなり出にくいです。副作用がゼロとは言えませんが、従来の化学療法よりは少ないと思います。白血球が減ってしまう骨髄抑制はありません。一番多い副作用として、高血圧の症状が3割くらいのコ(犬)で出ます。その場合も、血圧を下げる薬を併用することでコントロールできています。治療効果があっても、副作用に苦しんでQOL(生活の質)が下がるのは避けたいと思っています。僕は、症状をある程度抑えながら長生きさせてあげることを目指しています。

早期発見のため、エコーでは尿道も検査を

----:ネクサバールは今のところ臨床試験段階ですが、治療効果はどう見ていらっしゃいますか?

前田:治験をはじめたのが約半年前ですので、効果については結論付けられない段階です。あくまで「感触」ですが、手ごたえは感じています。最初にできる「しこり」、つまり原発巣に関しては、7~8割(の犬)で小さくなっています。生存期間等のデータ収集はこれからですが、しこりが小さくなったということは、長生きできるだろうと期待しています。現在、治験には18頭参加していますが、合計50頭を目標に考えています。

----:期待が持てそうですね。ただ、この移行上皮がんは発見が難しいと聞きました。早期発見にはどうしたら良いでしょうか?

前田:初期症状は膀胱炎や膀胱結石などとまったく一緒なので、非常に発見が難しいです。頻尿だったり、血尿が出たり、なかなかおしっこが出なかったり、といった症状が出ます。高齢の、例えば10歳以上くらいのワンちゃんが膀胱炎(の症状)を繰り返す場合は画像検査(エコー)をおすすめします。「しこり」があれば発見できます。

----:エコー検査では、膀胱もしっかり見ていただけば安心ですね。

前田:膀胱だけでなく、尿道も診てもらってください。移行上皮がんは膀胱だけでなく尿道にもできるがんですが、一般的にはエコー検査で尿道までチェックすることは非常に稀だと思います。尿道までしっかり診ていただくのが安心です。

----:なるほど、そういった意味では、飼い主が病気に関する知識をもつことがペットの命を救うことにもつながりそうですね。ちなみに、治験の費用はどのくらいでしょうか?

前田:ネクサバールの場合、お薬代としては体重10kgのワンちゃんで月に5~6万円ほどです(体重が5kgであれば、約半額)。初診の際は検査費用がかかりますが、その後の薬剤に対する反応を診る検査はすべて無料です。また最初の3か月間はネクサバールのお薬代も無料です。効果があって、3ヶ月以降も投薬を続ける場合には、お薬代だけがかかります。

----:最後に、飼い主さんに向けてペットの健康管理についてのアドバイスをお願いします

前田:どんな病気に関しても、まず検診が大切です。年に1~2回は健康チェックをおすすめします。それから、ホームドクターさんと色々なことを相談できる良い関係性を作っておくことがすごく大切だと思います。ここのような二次病院は、特殊な検査や治療法が必要な場合にうまく活用していただければと思います。

飼い主の知識が命を救うこともあり得る

高齢化に伴い病気の発症率が上がっているのは、人間もペットも同様のようだ。病気の治療には、早期発見・早期治療が大切なのも人間と同じだろう。とはいえ、ペットが体調不良を言葉で訴えたり自分で病院を受診したりすることはできない。大切な家族の一員である動物たちの命は、我々飼い主にかかっていると言える。

日々の状態に注意することはもちろん、前田獣医師が言うように定期的な健康診断も心がけたい。また、移行上皮がんの臨床試験のように先端医療や治験に関する情報へのアンテナを張っておくことで、難病からペットの命を救ったりQOLを保っての延命が可能になったりする場合もあるだろう。飼い主の知識が命を救うこともあり得るのだ。

なお、「犬の膀胱・尿道移行上皮癌および前立腺癌に対する臨床試験」は東京大学付属動物医療センターで行っているが、同病院は二次診療病院のため、かかりつけ獣医師からの紹介を経ての受診となる。このほか、犬の組織球性肉腫と悪性固形肉腫、猫の多発性嚢胞腎と悪性腫瘍に関する治験も行っている。

東京大学 動物医療センター

前田真吾|東京大学 大学院農学生命科学研究科・獣医臨床病理学研究室 助教
2009年に岐阜大学農学部獣医学科を卒業。2013年に東京大学大学院農学生命科学研究科獣医学専攻博士課程を修了し、2016年10月より現職。マウスなどを使った基礎研究を獣医学の臨床に還元し、さらに人間の病気治療にも役立てることを目標とする。兵庫県生まれ、静岡県育ち。

《石川徹》

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