動物のリアルを伝えるWebメディア

【働く犬たち】麻薬探知犬編…日本の入り口で不正薬物の密輸を防ぐ大型犬[インタビュー]

麻薬探知犬の訓練
  • 麻薬探知犬の訓練
  • 東京税関 麻薬探知犬訓練センターの川上友里香 監視官とインディ(現役当時の写真)。インディは 麻薬探知犬を引退し 、現在、川上監視官の家で暮らしている
  • 麻薬探知犬の訓練
  • 麻薬探知犬の訓練。床に並べられたたくさんの荷物の中から麻薬の匂いを探す
  • 麻薬探知犬の訓練
  • 麻薬の匂いを上手く発見できたら、犬を褒めてダミーで遊ぶ(麻薬探知犬の訓練)
  • 麻薬探知犬の訓練
  • 荷物の中に麻薬の匂いを発見。その場に座ってハンドラーに「告知」する(麻薬探知犬の訓練)

このところ、「水際対策」という言葉を聞くことが多い。感染症の場合は病原体が国内に侵入するのを防ぐための仕組みを意味するが、それ以外にも様々な水際対策が社会を守っている。海外から帰国した際、空港の到着口を出る前に税関による荷物のチェックを受けた経験があるだろう。適正・公平な課税が行えるよう、海外から持ち込んだ品物に関税がかからないかが確認される。また、不正薬物や銃など社会の安全を脅かすような物品の取り締まりも、税関が行っている。貿易の安全で円滑な推進なども含め、海外からの入り口である「水際」になくてはならない存在だ。

今回は、そんな水際対策において重要な役割を担っている「麻薬探知犬」を紹介する。その名称から少々怖い姿を想像していたが、その予想は良い意味で裏切られた。パートナーである税関職員に褒められながら、ゲームを楽しむように働くのが麻薬探知犬たちのようだ。東京税関の麻薬探知犬訓練センターで川上友里香 監視官に話を聞いた。

不正薬物から日本を守る麻薬探知犬

----:まず、麻薬探知犬の仕事を簡単に教えてください。

川上友里香 監視官(以下、敬称略):税関は、水際対策として海外から入って来る貨物や旅客が携行する手荷物の取り締まりを行うのが仕事です。その中で、麻薬探知犬は海外から持ち込まれる不正薬物を見つける役割を担っています。ほかには、小学校などで税関の仕事を紹介する「税関教室」にも参加します。生徒たちの前でデモンストレーションを行い、麻薬撲滅の啓蒙活動を行っています。

----:海外から帰国した時に、空港で荷物を受け取るターンテーブルの周りで見かけますね。

川上:そうですね。海外から入国する旅客が手荷物を引き取る税関検査場で活動しています。空港のほか、海外からの貨物が到着する港や国際郵便局などでも麻薬探知犬を用いた検査を行っています。

----:外国からの持ち込みを防ぐ仕事ですね?

川上:はい。税関の麻薬探知犬は、水際対策として海外から入って来る覚醒剤やコカイン、大麻など不正薬物の取り締まりを行っています。

麻薬探知犬麻薬探知犬

能力が十分に発揮できる範囲の稼働時間

----:何時間くらい仕事をするのでしょうか。

川上:1回あたり10分から20分ほどの検査を1日数回、休憩をとりながら行います。基本的にはハンドラー(税関職員)の勤務時間である朝8時半から夕方5時までが稼働時間ですが、取締りの必要性に応じて早朝や夜間などに活動することもあります。その中で犬の能力が十分に発揮できるよう、健康面には配慮しています。

----:休憩はどこで取るのですか?

川上:各稼働先には空調設備のある犬舎があり、中に設置したケージで休めるようになっています。犬舎が無い稼働場所では空調を効かせた車両内のケージでゆっくり過ごさせています。犬は暑さに弱いので、温度や飲み水の管理には十分気を配っています。

----:休日はありますか?

川上:ハンドラーが休みの日は、ペアの犬も基本的に休みです。休日は出勤している職員が世話をします。

モノに執着する性格が向いている麻薬探知犬

----:短時間に集中して活動し、それ以外はリラックスという勤務なのですね。メリハリのある生活は、動物も人間同様に大切だと聞きます。ところで、麻薬探知犬に適しているのはどんな犬でしょうか?

川上:ポイントが7つあります。動くものに興味を持つ、物を投げるとくわえて持ってくる、持ち帰った物に対する独占欲が強い、人見知りをしない、活発、怖がりでない、人に対する攻撃性がない、といった性格です

----:物に執着する方が適しているのですか?

川上:麻薬探知犬の訓練では、タオルを巻いて作る遊び道具「ダミー」を使います。これに麻薬の臭いをつけて探すのですが、最初はダミーを動かして追いかけさせたり、投げて取って来させたり、引き合いをしたりして遊びます。犬たちには「麻薬を探す捜査」ではなく、「ダミーを使って楽しい遊びをするために麻薬を探すゲーム」として匂いを覚えてもらいます。そうした訓練には、動くものに興味を持つ犬が向いています。

東京税関 麻薬探知犬訓練センターの川上友里香 監視官(手に持っているのがダミー)東京税関 麻薬探知犬訓練センターの川上友里香 監視官(手に持っているのがダミー)

犬種による違いも考慮した訓練と仕事

----:遊びやゲームとして動作を覚えるというのは、介助犬や盲導犬などとも共通していますね。盲導犬にラブラドール・レトリーバー(ラブラドール)が多い様に、麻薬探知犬にも向いている犬種はありますか?

川上:現在は、ラブラドールとジャーマン・シェパード(シェパード)がメインです。昨年、「ベルジアン・シェパードドッグ・マリノア(マリノア)」という犬が初めて1頭加わりました。過去にはゴールデン・レトリーバーやアメリカン・コッカースパニエルも活躍していました。

日本はアメリカの麻薬探知犬の訓練方法を取り入れており、最初の探知犬もアメリカからシェパードを輸入しました。その後、世界的に「使役犬」として活躍している犬種として、ラブラドールも育成しています

----:ラブラドールとシェパードはイメージが違いますが、性格面で違いがあるのでしょうか?

川上:あります。もちろん個々の性格にもよりますが、一般的にラブラドールは人と楽しく遊ぶのが好きな犬種です。捜査の時も褒めながら行います。(訓練では)「すごいね!」と周りの人間が盛り上げながら、拍手することもあります。褒めて伸ばすのがラブラドールですね。捜査中も、しっぽを振りながら楽しそうなのがラブラドールの特徴です。

それに対し、シェパードやマリノアは、「作業」というイメージで仕事をします。その作業を「人と一緒にする」ことが好きな犬種です。同時に、扱いによっては人を下に見てしまう傾向もありますので、比較的厳格に「探せ!」という感じで(訓練や仕事を)行っています。少し主従関係を強化して、ラブラドールよりも緊張感を持って捜査を行うので雰囲気が違います。

麻薬探知犬麻薬探知犬

ダミーで「遊ぶ」4か月の訓練

----:訓練のお話が出ましたが、どのようなことをするのですか?

川上:4か月にわたり、段階を踏んで行います。まず、4週間の「馴致訓練」があります。訓練センター内に、空港の(荷物が出てくる)ターンテーブルや貨物船のタラップなど実際の現場に則した施設があります。それを使って、現場の環境に慣れることから始めます。同時に、麻薬の匂いを付けたダミーを使い犬と遊びながら麻薬の匂いを教えます。

その後の8週間で「基本訓練」「応用訓練」「熟達訓練」を行います。麻薬の匂いを教えながら、簡単な捜査形式で行うのが基本訓練です。応用訓練では、例えばスーツケースの中に衣類を入れたり、蓋を完全に閉じたりして、麻薬の匂いを分かりにくくして探す練習をします。また、捜査時間も伸ばします。より現場に即した実践的な熟達訓練を終えると、「中間評価」(=試験)が行われます。その後、さらに4週間の訓練を行います。同じように基本・応用・熟達訓練と進みますが、前の8週間との大きな違いは匂いが弱い種類の麻薬を使用することです

----:段階を踏んでレベルを上げていき、最終的には実際の荷物に隠した不正薬物を見つけるようになるわけですね。不正薬物を探す動作はダミーを使って教えるのですね?

川上:先ほどお話ししましたが、ダミーはハンドラーと遊ぶための楽しいおもちゃと犬に認識させます。次に、ダミーに麻薬の匂いを付けて隠し、それを探すゲームとして犬に麻薬の匂いを覚えさせます。犬は色々な場所や荷物の中に隠した麻薬の匂いを見つけると、その場に座りハンドラーに「告知」します。ハンドラーは犬を褒め、ご褒美としてダミーを与えて犬と楽しく遊びます。

----:楽しいおもちゃを探すことが、結果として麻薬を見つける仕事になるというわけですね。ダミーを荷物の中に隠し、犬が匂いを嗅いで探し、見つけたらその前で座る。すると、褒められておもちゃで遊んでもらえる、という流れですね。でも実際にはそれほど単純ではないと思います。訓練で難しいのはどんなことでしょうか?

川上:税関職員にとっては、不正薬物の摘発は重要な仕事です。でも、麻薬探知犬にとっては「ダミー探しの遊び」で、それを忘れないのが大切だと思います。訓練や捜査では、(可能な限り)犬と一緒に楽しむことが重要です。難しいのは、ハンドラーが訓練や捜査で緊張していると、それが犬にも伝わってしまうことです。犬は人の心情を読むのに長けている動物なので、常に平常心を保ちながら犬と遊びを楽しむことを大切にしています。

麻薬探知犬の訓練。床に並べられたたくさんの荷物の中から麻薬の匂いを探す麻薬探知犬の訓練。床に並べられたたくさんの荷物の中から麻薬の匂いを探す

約3割が麻薬探知犬として活躍、8歳以降は家庭犬として暮らす

----:4か月の訓練を受けた後、麻薬探知犬にならない犬はいますか?

川上:麻薬探知犬になるのは、候補犬の約3割です。

----:その3割の犬たちは、いつまで仕事をするのですか?

川上:約7年間稼働します。

----:その後は?

川上:家庭犬として過ごします。一般の愛犬家や税関職員、その家族など希望者に引き取られます。ハンドラーが引き取ることが多いです。現在、私が一緒に暮らしているラブラドールの「インディ」も元麻薬探知犬で私のパートナーでした。今は私の家で、今年生まれた子供の子守をしてくれています(笑)

候補犬の確保が大きな課題

----:麻薬探知犬にならない犬はどうなるのですか?

川上:公募先(=出身場所)に戻ります

----:公募先というのは?

川上:麻薬探知犬の場合、警察犬訓練所やブリーダーなどの事業者(=第一種動物取扱業者)から応募があった犬を候補犬として借り受けて訓練します。訓練後、麻薬探知犬にならない場合は、それぞれの出身場所に帰ります。

----:なるほど。そこからまた別の道に進むのですね。応募は多いのですか?

川上:小型犬ブームのため、大型犬のブリーダーさんが減少しています。さらに、コロナ禍の影響でペットとしての需要が多いため応募が少なく、特に最近の2年ほどは候補犬の調達に頭を悩ませています。

----:小型犬ではだめなのですか?

川上:麻薬探知犬は、海外から輸入される大型の貨物の捜査をしなくてはなりません。また、旅客が体に巻き付けて不正薬物を持ち込む場合もあるため、ある程度の高さも必要です。さらに捜査は長時間に及ぶこともあるので、体格と体力がある大型犬を麻薬探知犬として使用しています。

個性を見極めて「ダミー探しの遊び」

----:最後に、麻薬探知犬たちとの向き合い方についてお聞かせください。盲導犬や介助犬など補助犬の場合、1頭1頭の適性を見極めて犬が楽しいと感じる形に訓練方法を変えているとのことでした。麻薬探知犬の訓練はいかがでしょうか? 覚えの速い犬や時間のかかる犬など1頭1頭の個性は違うと思いますが。

川上:麻薬探知犬も、それぞれの適性に合わせた訓練を行っています。基本的な行程は決まっていますが、犬種や個々の性格に合わせて細かい部分を変更します。覚えが早い犬とそうでない犬がいるので、それぞれの習熟度に合わせて難易度を変えるなど訓練の設定を変更しながら育成訓練を行っています。

また、繰り返しになりますが、私たちにとっては「仕事」ですが、犬たちは「ダミー探しの遊び」をしていることを忘れないようにしています。

育成訓練中の麻薬探知犬候補犬育成訓練中の麻薬探知犬候補犬

これまで紹介してきたように、補助犬の場合も実際に盲導犬や介助犬になるのはおよそ3割程度である。そのほかは、「キャリアチェンジ」をしてセラピー犬や家庭犬になるなど、進路の決定にあたってはそれぞれの団体が慎重に決めている。麻薬探知犬を含め、そこにある共通の思いは犬たちを人間の犠牲にすることなく、動物も人間も幸せになれる環境づくりだった。

現在、全国の税関で約130頭が活躍しているという麻薬探知犬。その名前から、厳しい環境で働くちょっと怖い犬というイメージを持たれることもあるかもしれない。だが、実際に候補犬たちと触れ合い、訓練の様子を見ると全く違うことが分かった。

川上友里香:東京税関監視部・麻薬探知犬訓練センター室 監視官
小さい頃に空港で麻薬探知犬を見て、「犬と一緒に働きたい」と思い麻薬探知犬のハンドラーをめざす。大学でも犬の行動学を専攻し、東京税関に就職。ハンドラーを4年間経験し、現在はインストラクターとして麻薬探知犬の育成と新人ハンドラーの指導にあたっている。

《石川徹》

特集

編集部おすすめの記事

特集

page top