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【働く犬たち】盲導犬編 vol.3… よく観察し褒めて伸ばす、個性に合わせた“教育”と適材適所[インタビュー]

日本盲導犬協会では、犬たちの育成を「訓練」ではなく「education = 教育」と呼ぶ
  • 日本盲導犬協会では、犬たちの育成を「訓練」ではなく「education = 教育」と呼ぶ

前回は、盲導犬となる犬たちにもそれぞれ個性があることを紹介した。当然ではあるが、私たち同様に命ある存在の犬たちも、1頭1頭違う。日本盲導犬協会は、それぞれの個性を尊重したユーザーとのマッチングや、盲導犬に「しない」判断も慎重に下していることが分かった。今回は、訓練ではなく「education = 教育」と呼ぶ、同協会の盲導犬育成方法について、日本盲導犬協会の山本ありさ氏に聞いた。

理解させることに重点を置く「教育」

----:日本盲導犬協会では「訓練」でなくeducation(エジュケーション)、つまり、教育と呼んでいますね。

山本ありさ氏(以下敬称略):はい。犬が学ぶこと、理解することが一番大切だと考えています。「訓練」は、その行動ができるようになるまで反復練習をすることですが、当協会が目指す訓練は「教育」です。教育は、個が持つ特性に応じて、それを伸ばすことだと私たちは考えており、犬に「理解」をさせることに重きを置いています。同時に、教える側も常に何かを学んでいます。(盲導犬訓練においては)そういったところを大切にしています。

----:そんな教育は、どのように行われるのですか? 最終的には、先日ご説明いただいた3つの仕事ができるように育成されるのだと思いますが、スムーズに理解させるためのポイントは何でしょうか?

山本:最初に行うことで、かつ、一番大切なのは「グッド(Good)」を教えることです。犬たちと(訓練士との間で)共通言語をもつことが必要です。その中でも、まずはグッド、つまり褒める言葉を教えることから始まります。それをベースに、「グッドと言われることは私(= 犬)にとってうれしいこと」、という関連付けを行っていきます。

「ノーはグッドのハイライト」

----:「褒めて伸ばす」という方法ですね。

山本:もちろんグッドだけですべての教育ができるわけではありません。「ノー(No)」も教えます。ただ、ノーという言葉は叱るためのものではなく、「その行動は違うよ」ということを伝える手段です。ノーと伝えた後は、必ず正しい行動につながるように誘導します。で、それができたらグッドで褒める。

「ノーは、グッドのハイライト」と私たちは言っています。ノーを教えることで、(次に来る)グッドがすごくしっかり伝わるんです。グッドをきちんと犬に「理解」してもらうための言葉として「ノー」がある、という考え方です。

----:「ノー」が否定ではなく、正解を導くための合図ということですね。

山本:そうです。(訓練をしていると)だめなところに目が行きがちですが、まずは褒めることが基本です。求められることと違う行動をした時に、「それは違うよ」と伝え、「こっちだよ」と正していくためにノーを教えます。

1頭1頭の個性に合わせた教育と将来の道

----:そうした教育にはどのくらいの期間が必要なのですか?

山本:平均すると1年くらいです。半年で終わる子もいますし、2年くらい時間をかける子もいます。犬に合わせた訓練を行うので、実は決まった方法といったものもないんです。集中して早く覚えるのが得意な子もいれば、ゆっくり時間をかけた方がいい子もいるので、期間も内容も色々なんです。

----:早いから優秀とか、遅いからダメ、ということでもなさそうですね。

山本:覚えるスピードも1頭1頭違いますし、本当にそれぞれです。また、訓練を続ける中で、盲導犬に向いているかどうかの見極めも行います。盲導犬以外の道が向いている子もいます。

----:考え方の根底にあるのは、褒めて育てる。そして、1頭1頭の違いに合わせた教育方針と、将来の道の見極めということですね。「学校生活」も、場合によっては人間より整った環境かもしれませんね(笑)

山本:本当に、関わっているたくさんの人から、「可愛い、可愛い」と愛情たっぷりに育っていますからね。犬たちも楽しく過ごせるようにしています。

教育する人間も、悩んで考えて、理解することで成長

----:そんな可愛い犬たちですが、付き合う上で難しさはありますか?

山本:今までお話したことにも通じますが、犬によって違うので、ある犬に通用したことが必ず他の犬にも通用するわけではありません。それから、同じ犬でも今日と明日、場合によっては午前と午後でも(犬が)「言っていること」が違うこともよくあります。

「難しい」ということではありませんが、私たちが心がけているのは、犬をよく観察することです。そして、観察したことを分析して「(犬の反応の)これが何を意味しているのか」を理解するための「引き出し」を自分の中にたくさん作っていくように心がけています。そこが簡単ではないので、大変なことかもしれませんね。

----:その「引き出し」の種類や数を増やしていくことは、皆さんにとって盲導犬教育の醍醐味でもありそうですね。

山本:そうかも知れません。(犬の様子と、それに対する自分の分析・理解が)「ピタッ」とはまった時の達成感はすごく大きいと思います。以前、私も訓練の勉強をしていたときにあったことですが、悩んだ末に「ピタっ」とはまった時は、犬もうれしそうにするんです。「人間関係と似ているな」、なんて思います。

----:結局のところ、友達・同僚・夫婦・先生と生徒なども基本的には同じですね。

山本:基本的には、人間も犬も関係づくりに変わりはないような気がします。ただ、犬たちは言葉で伝えてはくれません。だから、私たちはたくさん観察をしてあげなければなりません。そこが大切だと思います。


盲導犬の育成は、個性に合わせて褒めることを基本に犬の「理解」を促すことを意識して行われる。ここでも、やはり日本盲導犬協会の「1頭1頭」を尊重する姿勢が強く感じられた。また、盲導犬の「education」においては、教育する側も「学んでいる」という考え方は、他の多くの仕事においても大いに参考になるのではないだろうか。

次回は、そのように大切に育てられた盲導犬たちと、そのパートナーであるユーザーが社会で生活するうえで直面している課題について聞く。

山本ありさ:公益財団法人日本盲導犬協会・神奈川訓練センター 広報コミュニケーション部 普及推進担当

小学生の頃に「盲導犬クイールの一生」という本を読んだことをきっかけに盲導犬に興味を持つ。高校卒業とともに盲導犬訓練士を目指し、日本盲導犬協会付設盲導犬訓練士学校へ入学。在学中に普及推進活動に触れ、盲導犬ユーザーと盲導犬にとってより暮らしやすい社会作りに大切な活動であることを感じ現職を希望。現在はコロナ禍の影響もあり、SNSなどを活用した普及推進活動の可能性を模索しながら啓発活動を行う。

《石川徹》

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