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狂犬病ワクチンの重篤な副反応で年10頭前後が死亡…麻布大などの研究チームが発表

イメージ《画像 Pixabay》
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  • 阪口雅弘 麻布大学名誉教授

犬用の狂犬病ワクチンについて、その副反応に関する最新の研究結果を東京環境アレルギー研究所と麻布大学の共同研究チームが発表した。

犬には1年に1度、狂犬病の予防注射を受けさせることが飼い主の義務とされている。だが、新型コロナウイルス用ワクチンについても一部で報道されているように、ワクチンには副反応のリスクがある。愛犬への狂犬病ワクチン接種も習慣的なものと捉えるのではなく、飼い主は細心の注意を払い安全な予防に努める必要がある。

すべての哺乳類が感染しうる病気

狂犬病は、犬や人間だけでなく、猫やネズミなど全ての哺乳類がかかる人畜共通感染症である。感染した動物に噛まれると、ウイルスが唾液から体内に侵入する。発症すると発熱や食欲不振から神経症状に進行し、精神錯乱を経て昏睡状態となる。有効な治療法はなく、死亡率がほぼ100%という病気だ。日本でも1920年代には年間およそ3500人が亡くなっている。

1950年に狂犬病予防法が施行され、予防接種の徹底や野犬の捕獲などが行われた。その結果、1956年に1人が犠牲になって以来、国内での感染例はない*。動物も1957年に猫が1匹死んだのが最後である。農林水産省は、狂犬病ウイルスが存在しないと確認された国を「清浄国」と呼ぶ。日本は、オーストラリアやニュージーランドなどと並び、世界でも数少ない清浄国の1つである。

わずかな期間でこの感染症を撲滅した法律の功績は大きい。しかし、清浄国である日本で今も毎年のワクチン接種が必要なのかという声もある。法律ができた70年前といえば、終戦直後の復興期。その当時と比べると、社会環境の整備やワクチン開発、ワクチンによる免疫の持続期間に関する研究は大きく進んでいるだろう。また、新型コロナウイルス感染症のパンデミックをきっかけに、ワクチンには副反応のリスクがあることも広く知られるようになった。

300頭以上が副反応に苦しむ

今年6月、狂犬病ワクチンの副反応に関する研究結果を麻布大学の阪口雅弘名誉教授らのチームが発表した。過去のデータを集約・分析したところ、狂犬病ワクチン接種後に300頭以上の犬に重篤な副反応がみられ、その半数以上が死亡していたことが分かった。「日本における狂犬病ワクチン接種後のアナフィラキシー(筆者訳、原題:Anaphylaxis after rabies vaccination for dogs in Japan)」と題した最新の論文は、アナフィラキシー症状に焦点を当てながら狂犬病ワクチンの副反応について研究したものである。

2003年7月より、薬品による重篤な副反応の報告義務が国から獣医師と製薬会社に課せられた。研究チームは、2004年4月から2019年3月までの15年間に報告のあったデータを分析した。なお、農林水産省によると、この間に累計7257万3199回のワクチン接種(年間平均483万8213頭)が行われている。麻布大学の論文によると、重篤な副反応の報告数が317件(発生率としては0.44/100,000にあたる)で、そのうちの109件がアナフィラキシー症状と判断され、回復せずに死亡した犬が71頭いた。情報不足等の事情でアナフィラキシーとは断定できない症例を加えると、合計で171頭(同0.24/100,000)の犬が命を落としている。

アナフィラキシーの定義は「命に関わるような症状」

呼吸困難や過呼吸、低体温、チアノーゼ(血液中の酸素が不足する症状)などの症状が報告されたケースでは、ワクチン接種を行った獣医師による診断が明記されていない症例も、この研究ではアナフィラキシーと判断している(17症例)。

阪口名誉教授によると、アナフィラキシーは医師によってイメージが異なり厳密な分類が難しかったそうだ。現在は「ブライトン分類」が世界標準の症例定義となっているそうで、厚生労働省は1)突然の発症、2)症状の急速な進行、3)2つ以上の多臓器症状の3点を診断条件としてシンプルなアレルギー反応と区別している。分かりやすく表現すると、「生命に関わるような症状」(阪口名誉教授)と考えれば良いという。

軽微な初期症状にも注意が必要

死亡したケースでは、ワクチン接種後1時間以内に循環器系(低血圧、徐脈、チアノーゼなど)症状のほか、嘔吐・下痢といった消化器系や呼吸困難・過呼吸などの呼吸器系トラブルが多く見られたそうだ。アナフィラキシーから死に至る場合、早い段階でこうした症状が現れ心臓血管障害や呼吸困難を経て心停止というケースが多いという。だが、皮膚トラブルや胃腸障害など、命に関わるとは考えにくい症状から始まるケースもあるそうだ。ワクチン接種後は、軽い皮膚症状や嘔吐・下痢などにも十分な注意を払うのが安心だと言える。

毎年10頭の愛犬たちが死亡

過去に同大学が発表した論文では、混合ワクチンのアナフィラキシー発症率は72/100,000とされている。狂犬病ワクチンの場合、アナフィラキシー以外の重篤な副反応を含めても0.44/100,000と有害事象の発生率は低く安全性は高いと言える。一方で、論文の基となった国のデータベースには登録されていない事例もあり得るとして、実際の副反応や死亡件数は報告よりも多いことが考えられると阪口名誉教授は言う。いずれにしても、データ上、過去15年の平均で毎年26頭を超える犬が重篤な副反応に苦しみ、そのうち11頭は命を落としている。

対策として、事前に抗ヒスタミン薬を投与するなどの処置がとられる場合があるという。しかし、効果に関するエビデンス(科学的根拠)が乏しいとともに、重篤なアナフィラキシーは予防できないそうだ。ワクチン接種後は状態を慎重に観察し、異常があれば輸液やエピネフリン(= アドレナリン)の投与、気道の確保など効果的な治療が行える準備が大切と、論文では獣医師に対して注意を促している。

獣医師と相談の上、タイミングの考慮と経過観察を

飼い主にできる対策は、愛犬の体調を考え、信頼できる獣医師と十分に相談してワクチン接種のタイミングを決めることだろう。ごくわずかな確率でも死に至るリスクは存在し、愛犬が年間10頭のうちの1頭になるかどうかは、飼い主の判断にかかっている。注射後は、万が一の事態にすぐ対応できるよう動物病院内で皮膚の状態や下痢・嘔吐がないかなど、経過観察を行えばより安心だろう。ちなみに人間の場合、日本医師会は新型コロナウイルスのワクチン接種後15~30分はアナフィラキシー症状に備えて接種場所で様子を見ることを勧めている。

* 海外で感染後、日本で発症した例を除く

《石川徹》

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