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【“命の商品化”を考える vol.22】 「数値規制」が真価を発揮するかは今後の運用面がカギ…動物愛護管理法[インタビュー]

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  • 渋谷寛弁護士
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「動物の愛護及び管理に関する法律(以下、愛護法)」が2019年に改められた。改正にあたっては、動物福祉の向上が大きな狙いであったことに間違いはないだろう。第21条の「基準遵守義務」には、動物愛護と適正飼育の観点から、ペットショップや繁殖業者などが守るべき項目を「できる限り具体的」に定められるとされた。

俗に「数値規制」と呼ばれる具体的な基準は、環境省が専門家の意見を聞きながら検討を重ねた。今年の6月に施行されたその「省令」について、REANIMALでは獣医療や動物福祉の観点からシリーズで紹介してきた(参考記事)。今回は、この数値規制作成にあたり環境省の「動物の適正な飼養管理方法等に関する検討会」に委員として参画した渋谷寛弁護士に、法律の観点から話を聞いた。

限られた期間内で最善のものをめざして

----:渋谷先生は、法律面で参画されたという理解でよろしいですか?

渋谷寛弁護士(以下、敬称略):環境省からは、法律面に限定して参画するようにとの具体的な指示はなかったと記憶しています。でも、私は動物の扱いに関する専門家ではありませんので、法律的な観点から意見を求められたのだろうと思います。ほかに、行政法関係に詳しい法律家の方もいらっしゃいました。多方面から検討したいという、環境省の意図だったと思います。

----:「数値規制」について、全体的な印象をお聞かせください。

渋谷:愛護法が2019年に改正され、(数値規制を)2年以内に作ることになりました。その直後から予想以上に速く進みました。計画通り、期限内に完成させたという実績は残せたと思います。

内容については、色々な意見があるとは思います。ペット業界には「厳し過ぎる」という声があるかも知れません。動物愛護の観点からは、「生ぬるい」と思われる方もいるでしょう。今回の数値規制が最高のものかどうか、今は判断できません。ただ、2年という期限内で、最善のものを作るつもりで臨みました。

法律における「主体」は人間だけ

----:愛護法は法律ですから、動物福祉だけでなく関連事業者などにも一定の配慮は必要ですね?

渋谷:法律において、「主体」になれるのは人間だけなんです。将来変わることがあるかも知れませんが、今のところ、動物が法律上の主体にはなれません。

----:法律を議論する場合、「法律は人間のため」ということは前提として理解しておかなければならないですね。動物好きとしては「人間のエゴ」とも感じますが、法律を作るにあたっては、その枠組みを念頭に置かないと…。

渋谷:そうですね。それから、愛護法は2本立てで考えられています。正式名称にもあるように、愛護及び管理に関する法律です。1つは(動物の)福祉。もう1つが管理です。その両方に配慮しなくてはなりません。(動物を愛護するのか管理するのか)主眼をどちらか一方に置くということも考えられていません。両方とも重要です。

法規制には「合理的な理由」が必要

----:法律家として、一番苦労されたのはその辺りのバランスでしょうか? 獣医師や獣医学者は、動物にとって何がベストなのかという観点から議論すれば基本的には良いわけですが…。

渋谷:たくさんの事業者が(ペット関連の仕事で)生活しているという現実があります。法改正が事業者に規制を加えることは他の分野でも起こります。そうした場合に大切なのは、「合理的な理由があるかどうか」です。理由なく規制してしては、憲法に反することもあり得ます。きちんとした理由を基に規制をしていくことが重要です。

----:「生ぬるい」という意見も確かに聞きますが、規制が加えられたのは間違いありません。愛護法の数値規制の場合、その「合理的な理由」が動物の福祉という理解で正しいですか?

渋谷:そうですね。動物の福祉が中心なのは間違いありません。(動物の福祉に関する)外国の事例なども参考にしました。

法的には大きな前進をもたらした「数値規制」

----:特に前進したとお考えのポイントは?

渋谷:愛護の観点で考えれば、今回の省令は大きな前進だと思います。以前は、「適切な飼育をしましょう」といった、あいまいで抽象的な表現でした。数値を含む具体的な言葉に変わり、規制の基準がより明確になったと思います。

----:違反した場合の取り締まりが容易になったと言えますが、同時に、事業者にとっても守るべきことが具体的に理解しやすくなりましたね。「何が正しいのか分からない」という事業者もいたと思います。

渋谷:そう思います。

----:ケージサイズや従業員数などに関する猶予期間には批判もあります。現実を見たうえで、法律の実効性を考えて最低限のバランスを取ったという判断でしょうか? 最終的に数値規制をつくったのは環境省ですが、渋谷先生はどうお考えですか。

渋谷:(ペット関連事業者と動物福祉という)両方のバランスを取り、(事業者に)「押し付ける」やり方をしなかったということではないでしょうか。業者側も、「猶予があるなら、飲むしかないかな。仕方ないな」と思えるような運用を(環境省が)考えたのだろうと推測します。ただ、(ペット)業界全体が納得しているかどうかは分かりません。

法律が進歩するスピードは速い日本の動物福祉

----:日本の動物愛護についてどう思われますか? 他の先進国と比べると進歩が遅い印象もありますが…。

渋谷:(愛護法は)20年前と比べると、大きく変わりました。こんなに変わるとは想像していませんでした。前回(2012年)も今回も、法律家としては「こんなに大きく変えて大丈夫かな?」と感じるほどの改正が一部に見られると思います。私の想像を超えて、法改正はどんどん前に進んでいる印象です。

----:法律としては、他よりも愛護法は進化が速いのですか?

渋谷:速いという印象をもっています。罰則に関しても、動物虐待(殺傷罪)の最高刑が2年(以下の懲役)だったものが、改正で5年(以下の懲役)になりました。例えば「器物損壊罪」の場合3年以下の懲役が最高刑なのですが、それを一気に超えて…。まず器物損壊と同じ3年に引き上げ、次の改正で再度5年に引き上げるという選択肢もあったと思います。法律家として考えると、「これ程まで急激に、よく、変化できたな」と思う場面もあります。

----:動物愛護の進歩はハイスピードで進んでいると考えて良さそうですね。

渋谷:動物愛護そのものの進歩については分かりません。ただ、法律の進歩は速いという印象をもっています。他の法律も時代の変化に合わせて変わっていきますが、ここまで急速に変わっている法律は珍しいでしょう。

----:そこは評価できますね。では当面の課題は運用面ですね。

渋谷:数値規制がどのくらい守られるのか、この2~3年で見て行かなければいけませんね。あれだけ具体化しましたから、「どんどん規制できている」ということになればいいですが、結局、守られないということにならないように。

渋谷寛弁護士渋谷寛弁護士


今回の数値規制には、「理想的な」動物福祉の実現にはまだ十分でない部分はあるだろう。ただ、その大きな一歩となり得る法的な枠組みは整えられたと言える。さらなる法的な環境整備のためにも、当面は数値規制の確実な運用がカギとなる。改正された愛護法が確実に動物たちの福祉向上に貢献するものとなるよう、各自治体と環境省に期待したい。

渋谷寛:弁護士・司法書士、ペット法学会常任理事・事務局長
1985年東京司法書士会登録、1996年東京弁護士会登録。1997年渋谷総合法律事務所創設。その後、農林水産省内獣医事審議会委員、環境省内中央環境審議会委員、環境省中央環境審議会動物愛護部会動物愛護管理のあり方検討小委員会委員などを歴任。2015年より八王子市動物愛護推進協議会委員、2018年より環境省内動物の適正な飼養管理方法等に関する検討会委員。

《石川徹》

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