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【犬の避妊・去勢手術はどうすべきか vol.4】内分泌系疾患の可能性を考える

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犬の犬の避妊・去勢手術についてお伝えするコラム。メリットと言われていることが本当にそうなのか? 逆にリスクはないのか、取材で分かったことを5回にわたってご紹介します。

避妊・去勢手術に関する考え方:ベッカー獣医師のスタンス

アメリカのカレン・ベッカー獣医師は、これまでの診療と独自の調査により、避妊・去勢手術が副腎皮質ホルモン異常のいわゆる「クッシング病症候群」や甲状腺機能不全など、内分泌(=ホルモン分泌)機能のトラブル要因になっている可能性を指摘しています。

日本でも、先にご紹介した悪性腫瘍や関節疾患などと合わせ、甲状腺機能低下症についても、「因果関係はまだ十分に証明されていませんが、その発症に注意をする必要があります*1」と指摘されています。

ベッカー獣医師は動物病院を開業して5年ほど経った頃、患者(犬)に内分泌系の病気が多いことに気づいたそうです。甲状腺ホルモンのレベル低下が見られたため、甲状腺機能低下症の治療を行いました。

ところが、甲状腺ホルモンのレベルが改善されても健康状態が完全に回復しないケースが多く、より深刻なホルモンバランスの問題を疑ったとのことです。

ところで、アメリカではペットとして飼育される全てのフェレットが生後約3週間で避妊・去勢手術を受けるそうです。そして、その約90%がクッシング病で死亡しているようです。

これは、卵巣または精巣以外で性ホルモンを分泌する副腎に過剰な負担がかかり、ホルモンバランスの崩れを生じて内分泌系に異常をきたすことが原因と考えられています。(「性腺」以外に「副腎皮質」で微量の性ホルモンが分泌されます。)

このことから、ベッカー獣医師は彼女の患者(犬)にもフェレットと同様な副腎疾患を疑い、専門家に問い合わせたそうです。テネシー大学・臨床内分泌部門のジャック・オリバー教授の見解は、アメリカの犬には副腎疾患が「疫病のレベル」で発生しており、原因は間違いなく性ホルモンのバランス不全によるもの、だったそうです。

過去には全ての飼い主に対し、「責任ある行動」として避妊・去勢手術を勧めてきたというベッカー獣医師は、現在は全く異なるスタンスで診療を行っています。

どのような家庭に引き取られるかが不明な保護犬など、避妊・去勢手術が必要な場合もあることは認めながら、真剣にペットのことを考えている飼い主に対しては、避妊・去勢手術を勧めないと明確に語っています。

「避妊・去勢を含むすべての手術は、医学的な必然性のある時(=病気の治療)に行うことを、総合診療獣医師としては提案します*2」とのことです。

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脂質代謝異常による肥満

肥満傾向は比較的知られた影響だと思いますが、人間と同じように内臓や関節など、いろいろな病気につながるので注意が必要です。肥満は、飼い主が食事や運動を管理することでコントロール可能であり、大きなリスクではないと思いがちです。ところが、それ程単純なことではないようです。

避妊手術後に太り始めた愛犬にダイエットをさせようと、食事の内容や量、運動などを変えても肥満が解消しない例が現実的によくあるそうです。

食べすぎや運動不足による肥満に対して、「ホルモンの分泌や作用の異常によって起こる肥満を内分泌肥満と分類*3」するそうで、人間でもホルモン異常の症状の一つとしての肥満があるそうです。

引き金はさまざまなようですが、先にご紹介した「コルチゾール」が過剰に出てしまう「副腎皮質機能亢進症(クッシング症候群)」や、逆に甲状腺ホルモン、成長ホルモン、性ホルモンが不足する場合などがあります。

犬の場合も、「カロリー制限を行っても肥満が解消されない原因の中には、かなりの確率で甲状腺機能低下症が潜んでいる可能性がある*4」そうです。少なくとも卵巣や精巣の切除が生殖機能だけでなく、からだ全体のホルモンバランスを変える可能性は、このことからも考えられそうです。

肥満そのものは、もちろん短期的に健康状態を悪化させたり命に関わったりするものではありません。したがって、体重管理に気をつけながら、前述したような内分泌系疾患の兆候がないかどうか、定期的な健康診断でチェックしておくのが安心だと思います。

手術による外科的侵襲

お笑い芸人、「ネプチューン」の名倉潤さんが、うつ病でしばらく休業したことがあったと思います。その原因となったのが、約1年前に受けた椎間板ヘルニア手術の「侵襲(しんしゅう)」によるストレスということでした。

医学用語で「外科的侵襲」と呼ぶそうですが、英語では「surgical stress(=手術のストレス)」となっているので、外科的処置=手術のストレスに身体が出した防衛反応と理解できます。これが、動物への手術でも起きるという報告もあります。

名倉さんのように精神面に影響が出る事もあれば、疼痛や免疫低下などの機能障害を発症することなどもあるそうです。

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避妊・去勢手術のメリットとデメリット:まとめ

長くなりましたので、これまでご紹介してきた避妊・去勢手術のメリットとデメリットをもう一度整理します。

・避妊手術のメリット、と言われているのは以下の病気の予防

1. 子宮蓄膿症:性周期の特徴により、犬は多く発症する。6歳から増加傾向。10歳までに25%が罹患するとも言われる。症状が出てからでは非常に重くなる可能性が高い

2. 乳腺腫瘍:50%は良性と言われる。癌(=悪性腫瘍の場合)犬においては皮膚がんに次いで多いがん。2.5歳まで、特に最初のヒート前の避妊手術により、有意に発生率を下げられると言われている。未避妊の場合の罹患率は4%または7%とする調査がある

3. 卵巣がん:発生頻度は低い。一般的には良性のものが多いが、ときに悪性の場合もある

・去勢手術のメリット、と言われているのは以下の疾病の予防

1. 精巣腫瘍:6歳以上に多い傾向。一般的には良性

2. 前立腺肥大症:5歳以上に多い傾向。9歳までにほとんどの未去勢犬が罹患するという説もある

3. 会陰ヘルニア

4. 肛門周囲腺腫:良性の腫瘍

・避妊・去勢手術のデメリット、と言われているのは以下の病気のリスクが上がる可能性

1. 関節系疾患:前十字靭帯断裂、股関節形成不全、肘関節形成不全は、統計的データ上で一貫した有意差が認められる

2. 悪性腫瘍:骨肉腫、リンパ腫、血管肉腫、マスト(肥満)細胞腫は、統計的データから読み取れる結果にばらつきがあり、病態生理学的研究が必要

3. 内分泌系疾患:主に臨床経験から導き出された提言で、近年では賛同する専門家が増加

4. その他:尿失禁、侵襲など

あえて極端に単純化すれば、ですが、オスの場合は致命的なリスクは低いので、予防目的の去勢手術はしなくても可。メスの場合は命にかかわる病気にかかるリスクがあるので、避妊手術を受けた方が安心、というまとめが導けそうです。

ただ、あくまで個人的な意見ですが、これまでご紹介してきた、手術を「しないことで」かかりそうな病気も、早い段階で発見できるのではないかと思います。タイミングを考えた上で(例えば子宮蓄膿症はその原因を考えると、ヒート後2か月がポイントの様な気がします)定期的に健康診断を受け、それから、何よりも日々の触れ合いの中で。

ということを踏まえ、結論として飼い主はどうしたらいいと思うか、最終回は提案をまとめます。

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出典・参考
*1. SLAUTERBECK, JR, et al. EFFECTS OF SPAYING AND NETTERING ON THE PREVALENCE OF ACL INJURY IN DOGS; Texas Tech Medical Center, TX; 50th Annual Meeting of the Orthopaedic Society
*2. HART B. L., et al. (2016) Neutering of German Shepherd Dogs: associated joint disorders, cancers and urinary incontinence; University of California-Davis, CA
*3.https://www.youtube.com/watch?v=enPCZA1WFKY
Dr. Becker K. (2013) The Truth About Spaying and Neutering
*4.BRULLIARD K. (2019) The growing debate over spaying and neutering dogs; The Washington Post
*4.SCHNEIDER, R., et al. (1969) Factors influencing canine mammary cancer development and postsurgical survival. Journal of the National Cancer Institute
*4. DICKERSON V. M., et al. Understanding Data on Hormones, Behavior, and Neoplasia, University of Georgia, CA.

《石川徹》

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