REANIMALでは犬による咬傷事故(かまれて怪我を負う事故)と飼育に関する規制について、アメリカの例と日本での議論の一部をシリーズで紹介した(関連記事)。
日本では大型犬による事故が報道されると、犬種を指定して規制を設けるべきだとする意見が見られる。一方、アメリカでは犬種によって飼育を制限する「特定犬種規制法(BSL)」から、犬種にとらわれず飼い主の管理を含めて危険性を総合的に判断する方針に移行している。
そこで、犬のブリーディングやトレーニングなどに長年携わっている「TERRIER'S(テリアス)」のオーナー、早河清五氏に専門家としての見解を聞いた。
おとなしいピットブルも、凶暴なチワワもいる
----:REANIMALでは「危険な犬種」について考えてきました。この表現について、どう思いますか?
早河清五氏(以下敬称略):犬の場合、元々(「こういう犬」という)意図があって「つくられた」ので、犬種的な特徴はあります。純血種の場合、多少の例外はありますが毛がどんな色でどのくらい伸びるか、サイズはどの位になるかといった外見的なものは決まっています。でも、性格については一概に言えないですね。ピットブルでも盲導犬みたいにおとなしい子はいるし、凶暴なチワワもいます。
----:確かに、私も愛犬のチワプー(チワワとトイプードルMIX)に流血させられています…(笑)
早河:大きな怪我をさせるとか、殺傷能力を持つのは大きい犬ですよね。大型犬の場合、犬種にかかわらず(大きなダメージにつながる)「もしも!」のケースがあり得るので、飼い主側の覚悟も必要です。ですから、体重や体高などで、ある程度の基準は意味があるかも知れません。でも、「ドーベルマン」とか「ピットブル」といったように、犬種で決めるのは危険だと思います。
----:アメリカでは犬種にとらわれない規制が主流になっています。また、日本ではゴールデンレトリーバーなど、温厚な性格で知られる犬による死亡事故も起きています。
早河:飼育頭数が多いので、ゴールデンによる事故も多いんです。散歩中に飛びついてお年寄りを転倒させたり、急に走り出して自転車とぶつかったり、といったことは起きています。攻撃的にならなくても、身体が大きいので事故につながるわけです。それでも、「ゴールデンは危険」って話にはならないですよね。一般に「ゴールデンは温厚だというイメージ」が大きいからだと思います。
どういう目的で生まれてきた犬か
----:そうすると逆に、ピットブルの場合はその見た目によって「危険」なイメージが持たれるのでしょうか?
早河:もともとは闘犬としてつくられた歴史も関係していますね。こういった犬種で事故が起きると、「やっぱり闘犬だから…」と思われがちですし、ニュースにもしやすいんだと思います。でも重要なのは、その犬が本当に闘犬の血筋だったのかどうか。サイズに加えて、犬の場合は種類よりも血筋がすごく重要!
----:血筋というと、いわゆる「血統」というものですか?
早河:どういう目的で生まれてきた犬か、ということです。
私はウエルッシュテリアが好きで、若い頃イギリスに勉強に行きました。最初に尋ねたブリーダーから「テリアを飼って何がしたいの?」と聞かれたんですよ。トリミングを楽しみながら愛玩犬として一緒に暮らしたいと伝えたところ、「うちのウエルッシュテリアは『猟犬の血筋』だから無理!」と言われました。そこは体型も性格も、愛玩犬とはまったく違う猟犬のウエルッシュテリアを育てるブリーダーだったんです。
目の前を何かが横切ったら無意識に「口が行く(= かむ)」! 獲物を獲る、という本能で身体が瞬間的に反応してしまうのが猟犬です。そのブリーダーが言うには、「うちの血筋を何頭か連れてきても、ここに並べて見せることはできない。どれかが少しでも動いたら、すぐに口が出てケンカが始まっちゃう」そうです。そんなウエルッシュテリアが、そこでは名犬の血筋なんです。
それで、別のブリーダーを紹介されました。「ドッグショーに出る血筋」のスタイルの良い、トリミング映えするウエルッシュテリアを育てていました。最初の子はそこから迎えました。
人と暮らすのに適した性格の血筋を残してきたTERRIER'Sのお母さん犬(ウエルッシュテリア)
最終的には飼い主の管理問題
----:同じ犬種でも、血筋で性格は全く違うのですね。ただ実際に先日、ピットブルによる咬傷事故が起きました。これについてはどう思いますか?
生まれた犬舎の考えを知らないと正確に判断できませんが、「ペット」として飼われていたら基本的に問題は起こらないはずです。ただ、何かのきっかけで「犬の本能」が出ることはありますね。「ピットブル」としての本能じゃなくて、犬としての本能という意味で。
伊豆で警官をかんだピットブルも、飼い主の仲間は攻撃していません。飼い主とのやり取りから、警察官を敵と判断し、仲間を守る犬としての本能が働いたんでしょう。このケースではピットブルだったわけですが、ゴールデンでも同じようなことになったかもしれないですよ。
----:人間と同じで、ひとくくりにはできない。
そうです。それから、仮に何かあったとしても、飼い主がきちんとリーダーシップをとっていれば基本的には制止できます。最終的には飼い主の管理の問題でしょう。熱くなって手が付けられない、という状況がないとは言えませんが、これも人間と同じではないでしょうかね…。
----:仮に熱くなっても小型犬であれば抑えられる可能性が高いわけですから、規則を作るとすればやはりサイズですね?
そうですね。もし何かを決めて規制するのであれば、まずは大きさですね。
----:色々お話しを聞いてきましたが、やはり犬種に危険というレッテルを貼るのではなく、大きさとそれぞれの個性で判断するのが実効性のあるやり方のようですね。そして最終的には飼い主の意識・管理の問題と。とても参考になりました。ありがとうございました。
早河さんと愛犬「すすき」。アイリッシュ・ソフトコーテッド・ウィートン・テリアという珍しい大型のテリア
これまでREANIMALで論じてきたように、犬による事故防止のためには犬種ではなくサイズとそれぞれの血筋に基づいた個性を基に考えるべきではないだろうか。早河氏の意見をうかがって感じたのは、「犬種のせいではない」、「問題は飼い主」という2点に集約されそうだ。
人間の世界ではダイバーシティ(多様化)の重要性が叫ばれる昨今。犬と人間の関係性も様々であっていい。ただし、それぞれが自身の好みを追求する時には責任も生じる。サイズと性格をきちんと理解し、飼い主が責任を持ったトレーニングと管理を行うことが重要だと感じた。
次回は番外編として、これから犬と暮らす方々への早河氏からのアドバイスを紹介する。