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新型コロナウイルス感染症の治療薬、猫伝染性腹膜炎・FIPにも希望の特効薬となるか?

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「猫伝染性腹膜炎(FIP)」は急激に症状が進み、10日前後で死に至る病気だ。現在のところ確立された治療方法はない。その様な状況下、獣医療の分野で世界的に知られるカリフォルニア大学デービス校が最新情報を継続的に発信している。今年の1月に公開された治療法に関するまとめの中では、新型コロナウイルス感染症治療薬である「レムデシビル」の可能性について言及した。

ほぼ100%死に至る「猫伝染性腹膜炎」

40%から90%など様々な説があるが、多くの猫が持っている「猫腸コロナウイルス(FCoV)」。毒性は弱く、免疫力の低下した場合に下痢症状などを引き起こす程度であまり心配のないものである。ただ、このウイルスは特に若い猫の体内で突然変異を起こす場合がある。その割合は10%程度と見られているが、変異によってFIPを発症すると有効な治療薬はなくほぼ100%死に至る。

予防に関しても、決め手となるワクチンはない。効果を謳う経鼻ワクチンは存在するが、「世界小動物獣医師会(WSAVA)」が発行する「ワクチネーションガイドライン」ではエビデンス不足などの理由から「非推奨」に分類されている。

研究が進むFIP治療薬

FIPにかかった場合、発熱や腹水、目や神経系の異常など様々な症状が急速に進行し、発症から10日前後で死亡するケースが多い。動物医薬品として承認を受けた治療薬はないが、様々な研究が行われている。その中で、「GC376」と「GS-441524」という2つの抗ウイルス薬が有力視されている。

症状の軽減が見られた抗ウイルス薬「GC376」

GC376は、カリフォルニア大学デービス校とカンザス州立大学らによる研究で症状改善が見られたことが2017年に発表された。FIPを自然発症した猫20匹に投与したところ、2週間以内に19匹が寛解(症状が一時的に軽くなったり消えたりした状態)と判断された。ただし、ほとんどが投与中止後に再発している。また、脱毛や子猫の永久歯発達遅延などの副作用も見られたそうだ。

研究チームは、「最終的な評価には、さらに多くの猫での治験が必要」としている。カンザス州立大学からライセンス提供を受けた製薬会社が、このGC376の商品化に向けた開発を行っているそうだ。

さらに有力な抗ウイルス薬「GS-441524」

2019年には、カリフォルニア大学のニールス・ペダーセン名誉教授らのチームが別の抗ウイルス薬GS-441524(以下GS)を使用してさらに良好な効果を上げている。FIPを発症した31匹の猫に接種したところ、重症だった6匹を除く25匹が回復した。GSを注射すると通常24~72時間で効果が表れ、2~4週間の接種でほとんどの猫が健康もしくは健康に近い状態まで回復したとのことだ。

症状によって体重1キロあたり4~10mgを12週にわたって1日に1度接種することで、FIPからの回復率は「80%を超えると感じている(ペダーセン教授)」そうだ。一方で、年齢・月齢や症状によって改善に要する期間にばらつきがある。また、治癒したかどうかが判断できる検査方法も確立されておらず、治療を終えるタイミングが難しいとしている。

未承認のFIP治療薬

GC376、GSともに研究段階であり、動物用医薬品として承認された製品はない。一方、日本では治療効果を謳う外国製の薬(サプリメントとしているケースもある)を個人輸入するケースがクラウドファンディングなどで多く見られる。また、一部の獣医師がそうした薬による治療をウェブサイトなどで紹介している。アメリカ獣医師会は「主に中国のいくつかの団体がGS-441524やGC376の未承認版を製造しFIPを罹患した猫の飼い主に販売している」としている。

ペターセン教授は2019年8月に出した「パーソナル・ステートメント(=個人的見解)」の中で「中国のブラックマーケットから入手したGS」の使用に関し、獣医師の指導のもとで慎重な治療が必要なことに加え、以下のように注意喚起を行っている。

「猫にも飼い主にもストレスがかかるとともに、適切な経過観察が必要な治療で費用もかさみます。また常に効果があるわけでもありません。GS-441524での治療を求める飼い主さんには、そのことを強調したいと思います」

未承認薬の使用や個人輸入に関するリスクを踏まえて

日本国内で未承認の「動物用医薬品」も、獣医師自らが行う治療や飼い主が自身の飼い猫に使用する目的で輸入することは可能である。法律で定められた適切な手続きを踏むことで入手できる。ただし、海外も含め動物医薬品として認可を受けたFIP治療薬は存在せず、慎重な判断が必要と思われる。また、個人輸入には常にリスクも伴う。

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大切な家族である愛猫に、可能な限りの治療を受けさせたいという飼い主の気持ちは日本も海外も共通だろう。したがって、治療に際しては現状を十分に理解したうえでの判断が望ましい。農林水産省のウェブサイトには、「偽造品である可能性」や「重大な副作用の可能性」、「購入先とのトラブルの可能性」などが個人輸入のリスクとして挙げられている。ペットのQOL(クオリティ・オブ・ライフ:生活の質)を最優先に考え、ベストな方法を選択したい。

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今後に向けて進む研究

コロラド州立大学では、猫腸コロナウイルス(FCoV)に対するワクチンの開発を行っている。重篤な症状を起こさないこのウイルスだが、突然変異でFIPウイルスに変わる。したがって、このFCoVへの感染予防がFIPの発症防止につながる。

また、ヨーロッパではFCoVを体内に持っている(糞からウイルスが検出される)猫29匹にGSを経口投与したところ、このウイルスが検出されなくなったとの報告もある。ただし、こうした使用法に対してペダーセン教授はまだエビデンス不足としている。また、必要でない時の過剰投与は、その薬剤への耐性につながるとして反対の立場をとっている。

新型コロナ治療薬として承認されたレムデシビルの有効性

治療薬としては、今のところ「レムデシビル」に可能性が高いようだ。この薬は、西アフリカで流行したエボラウイルス感染症の治療薬としてアメリカで開発された。その後、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)に対する有効性が示されたため、ニュースなどで耳にしたことがあるだろう。

昨年5月には、アメリカで人間への使用が認められるとともに、日本でも特例承認制度でCOVID-19の治療薬として承認されている。人間やその他の霊長類、ネズミおよび猫に静脈注射されたレムデシビルは、体内で分解されてGSに変わるためFIPにも有効と考えられている。

ただし、アメリカでのレムデシビルの使用はCOVID-19患者の一部に限られており、様々な制限が設けられているのが現状だそうだ。猫への使用に関する用量や用法などは確立されていない。副作用のデータもなく、FIPの治療薬としての認められるためにはまだ時間がかかりそうだ。とはいえ、不治の病に対する効果的で正式な「製品」としては、すでに人間用では承認薬であるレムデシビルが近いところにあるようだ。

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一日も早い治療薬を

FIPは急速に症状が進み死に至る病気であり、発症した猫の感じる苦痛は小さくないことが想像される。また、大切な家族が治療法のない病気に罹っていることが判明した場合、飼い主にも大きな心理的負担がかかる。安心して安価な治療が受けられるよう、一日も早い正式な治療薬の普及が望まれる。

《石川徹》

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