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犬と猫の食事について vol.1…手作り食で重要なのはエビデンスに基づいたレシピ[インタビュー]

うずらの卵とささ身のごはん(左)と鶏ももとかぼちゃのごはん(右)
  • うずらの卵とささ身のごはん(左)と鶏ももとかぼちゃのごはん(右)
  • 獣医師/ペット栄養管理士の岩切裕布氏
  • 獣医師/ペット栄養管理士の岩切裕布氏。愛犬の空ちゃんと
  • 岩切氏の愛犬・空ちゃん
  • 新鮮な食材は愛犬たちに好評

「飼育する動物」から「共に暮らす家族」へと大きく位置づけが変わったペットたち。生活環境の充実を望む飼い主が増え、食に関する意識も高まっている。ペットフードビジネスは拡大を続け、2019年には3200億円に迫る市場規模に成長した(ペットフード協会調べ)。また、大切な家族の一員である犬や猫には、いわゆるドッグフードやキャットフードではなく手作り食を与える飼い主も増えている。

そんな中、1頭1頭の健康状態や嗜好に合わせ、総合栄養食*や療法食**の基準に沿ったレシピを作成するという取り組みを行っている獣医師がいる。ペット栄養管理士でもある岩切裕布氏に、犬と猫の食について話を聞いた。

獣医師/ペット栄養管理士の岩切裕布氏獣医師/ペット栄養管理士の岩切裕布氏

きっかけは食事療法

----:ペットフードを作るのではなく、調理法の作成という独自の取り組みをされているとうかがいました。最初に、ブランド名である「DC one dish」の由来をお聞かせください。

岩切裕布氏(以下敬称略):「犬と猫のためのヒトサラ(= 一皿)」という意味でDogとCatの頭文字を取りました。「家族のためにできることとして、うちの子のための "ヒトサラ" を始めてみませんか」、という思いが込められています

----:手作り食レシピの研究を始めたきっかけは何ですか?

岩切:獣医師として臨床現場で犬や猫の治療にあたっていた時、既存製品による食事療法や手作り食に関して課題を感じたのがきっかけです

----:具体的にはどのような課題だったのでしょうか?

岩切:既存の療法食では対応できないケースがあったんです。食事療法を行う動物には、データに基づいて組成を考えた大手メーカーの療法食を与えるのが一般的です。色々な薬の使い方を覚えるのと同じように市販療法食の使い方を覚える、臨床医はそこから入っていくのがスタンダードなんです。私も当初はそうでした。

でも、多くの患者さん(動物)に接するうち、既存の療法食では解決できない症例に出会うようになりました。療法食に含まれる原材料にアレルギー反応が出てしまう子がいます。嗜好性の問題で治療に必要な療法食を食べない場合もあります。また、大手メーカーの製品でも、コンタミネーション(混入)***が発生するケースもあります。

----:なるほど。アレルギー症状が悪化しては、そもそもの病気を療法食で治療することができませんね。

岩切:そうですね。ですから、アレルギーの原因となる原材料を除いた適切な手作り食のレシピを作る必要があります。そのほか、市販のペットフードをどうしても信頼できない飼い主さんもいらっしゃいます。実際にどんな原材料が、どのような製造工程を経ているのか分からないので、心配するのは当然だと思います。そのような懸念から、ご飯を手作りする飼い主さんも少なくありません。

エビデンスに基づいた手作り食の必要性

----:手作りであれば、使用する食材や調理法も分かり安心ですね。

岩切:問題もあります。私が臨床現場にいた頃の手作り食は、「組成(= 栄養配分)がまったく分からない」、「カロリーも分からない」といったものでした。食事療法からは大きく逸脱してしまうのが手作り食でした。それを「何とかしたい」と思ったのが、手作り食の研究を始めた一番大きな理由です。

----:手作り食のレシピを作るにあたって、最も大切なのは何でしょう?

岩切:療法食だけでなく総合栄養食に関しても、科学的根拠に基づいた栄養基準があります。そうしたエビデンスに基づいて組み立てることが最も重要です。当社のインスタグラムなどをご覧いただくと、「お料理」のイメージが強く「医療」といった雰囲気がないかも知れません。でも、やっていることは一獣医師としての仕事なんです。

飼い主さんに記入いただくオーダーシートは病院の問診票と同じようなものです。その情報を基にカルテを作成するプロセスも、動物病院時代に学んだものです。さらに、人間の管理栄養士さんのやり方を勉強して、動物に適した形で採り入れています。

また、うちのレシピ作成で一番特殊なのが、やり取りの多さだと思います。私の仕事は、「その子その子」の体調と病気、つまり「命」と向き合っています。飼い主さんや動物たちと向き合う上での姿勢は、臨床現場にいるときと何ら変わりません。個別のケースごとに「食事でこういうことができるんじゃないか」ということを、飼い主さんと細かくお話しし、探っていきます。「キラキラお洒落においしく楽しく」というよりは、「獣医療における栄養診療」という表現がしっくりきます。

健康な犬・猫や動物病院への広がり

----:療法食のレシピを希望する飼い主さんが多いのですか?

岩切:大半は、何らかの疾患を抱えている犬・猫の飼い主さんです。かかりつけの獣医さんから指示された療法食だと食べなくなってしまい、食事管理をどうしたら良いか分からないというお悩みが多いですね。何か月分もの血液検査データや、それまでの食事歴などの詳しい情報を基にレシピを作ります。特に当初は、割と切羽詰まったというか、ギリギリのタイミングで連絡をいただく症例が多い傾向がありました。

----:動物病院からの依頼もあるとうかがいました。

岩切:これまでは「エビデンスに基づいた手作り食」というものに誰も取り組んでいませんでした。なので、動物病院の先生方は、飼い主さんから手作り食について相談された場合の選択肢がなかったと思います。DC one dishの中身を知ってくださった動物病院さんには、採り入れていただいています。

いまだに獣医療の臨床現場では手作り食があまり良いものとみなされない傾向は残っています。そんな状況ですが、「エビデンスに基づいて手作り食の話をしているレアな人らだな」と思ってもらえた病院には、徐々にご理解いただけるようになりました(笑)

----:一方で、健康だけど、おいしくて良いものを食べさせたいという要望はないですか? 私は愛犬に安全なご飯を食べさせたくて、以前、岩切先生にレシピを作っていただきましたが…。

岩切:徐々に知られるようになったため、最近は元気いっぱいの若い子たちの飼い主さんからもご依頼をいただくようになりました。「食」って、もっと楽しく、もっと健康に良いものにできるのではないか、というお問い合わせも増えていますね。


我々人間は、必要であれば医師のアドバイスなどによって自ら食事管理ができる。一方、動物たちの食事は100%飼い主次第である。疾患を抱えた犬や猫にとっては、手作り食が有効な療法食としての選択肢だろう。

新鮮な食材は愛犬たちに好評新鮮な食材は愛犬たちに好評

また、筆者の愛犬のように新鮮な素材を好む犬や猫は多いと聞く。健康な動物にとっても、手作り食は大きなメリットがあるだろう。ただし、特定の栄養素の過剰摂取は病気につながるリスクもある。例えば脂質の過剰摂取により急性膵炎を引き起こしたり、ミネラルバランスの崩れが原因で尿石症になったりする場合がある。療法食はもちろん、総合栄養食の場合もエビデンスに基づいたレシピでの手作り食ならば、そうした心配は不要だろう。

次回は、様々な種類が販売されているペットフードや、書籍・インターネットなどに掲載されているレシピについて、良いものを選ぶコツなどを聞く。

岩切裕布(いわきり ゆう):獣医師/ペット栄養管理士、yourmother合同会社 代表

2011年に麻布大学獣医学部獣医学科を卒業。都内および神奈川県内の動物病院で臨床医として勤務。臨床医時代からペットの食に関しては課題を感じ、外資系大手療法食メーカーに勤務。在職中にDC one dishを立ち上げ、今年3周年を迎えた。

* 総合栄養食:必要な栄養基準を満たした毎日の主食で、他には水だけで健康を維持することができる
** 療法食:病気に合わせて治療の目的に獣医師から処方される食事
*** この場合、原材料表記に含まれない原材料の混入のことを指す

《石川徹》

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