動物のリアルを伝えるWebメディア

競走馬の引退後、その命を支える活動 vol.3 …「生きているだけで誰かの役に立つ」、触れ合いの機会も大切に[インタビュー]

引退馬協会の沼田恭子代表理事
  • 引退馬協会の沼田恭子代表理事
  • 沼田代表は「馬のいる風景」が好きだと語る
  • 「里親制度」の第1号グラールストーン
  • 「馬の体温を感じる」機会を大切に
  • 「いるだけで、みんな何かを発信している」
  • 乗馬倶楽部「イグレット」
  • 乗馬倶楽部「イグレット」

これまで2回にわたって、競馬を引退した馬たちの「その後」を紹介した(vol.1vol.2)。また、引退馬たちのセカンドライフを支援している「引退馬協会」の活動についても触れた。今回から、3回にわたり引退馬協会の設立者でもある沼田恭子代表理事に話を聞く。協会設立のきっかけ、これまでの活動や経験談などを通し、引退馬支援に抱く思いを紹介しながら動物福祉についても考えたい。

「馬のいる風景」にあこがれて

----:まず、馬との出会いを教えてください。

沼田恭子代表理事(以下、敬称略):子どもの頃から、「馬のいる風景」に心ひかれるものがありました。いつもバスで通る場所に大学の馬術部があったので、馬はよく見ていたんです。でも、触ったり乗ったりすることはありませんでした。直接の触れ合いは、大学に入って乗馬クラブに通い始めてからです。

----:馬の魅力って何でしょうか?

沼田:よく聞かれるんですが、「すごく馬が好き!」というのとは違うような気がします。これまでに「本当に馬が好きなんだな」と思う人をたくさん見てきました。私の場合、そういう人たちの感情とは少し違うと思います。私は馬がいる風景を見ているのが大好きです。だから、その場所が穏やかであってほしいと思います。そのために、自分ができることをやってきました。

沼田代表は「馬のいる風景」が好きだと語る沼田代表は「馬のいる風景」が好きだと語る

----:乗馬クラブ「イグレット」も運営されています。馬と仕事をすることになったのは、やはり「馬のいる風景」への憧れですか?

沼田:きっかけは、主人との出会いです。彼のお父さんは、「トウショウ牧場*」の場長として、「トウショウボーイ(1970年代に活躍した競走馬)」などにも関わっていました。そんな「馬の家系」に生まれて、その頃の主人は私が入った乗馬クラブで働いてました。結婚してからは、私もずっと馬と一緒の生活です。
(* トウショウ牧場:北海道にあった競走馬生産の名門牧場)

「役に立たない馬がいたっていい」から始まった

----:引退馬のサポートを始めたきっかけは何ですか?

沼田:主人は、「馬にだけは生まれ変わりたくない」とよく言っていました。当時、馬の仕事にはほとんど関わっていなかったので、その言葉の真意は分かりませんでした。ただ、(仕事の中で)辛い思いをしているのは何となく感じていました。

主人が病気で亡くなり、ここ(イグレット)を一人で経営するようになって、馬の仕事に関わる色々なことを経験しました。その中でも、何頭か馬を「出した」時に、自分の中で「これ、おかしいな…」、「こういう仕事はできないな」と思ったのが最初のきっかけです。

----:「馬を出す」というのはどういうことですか?

沼田:馬の性格や運動能力によってはトレーニングが進まなかったり、練習馬にするには危なかったり、乗馬クラブにとっては扱いづらい馬がでてきます。経営面を考えると、「クラブのためには、こういう馬は置いておかない方が良い」とアドバイスを受けて3頭ほど出したことがありました。

----:業者さんに馬を引き取ってもらうということですか?

沼田:そうです。経営を引き継いだ頃は技術もあまりなかったので、馬のトレーニングがうまくできませんでした。人間にとって不都合な行動といっても、人間に責任があるのですが…。

経営が大変でしたので、やむを得ない判断ではありましたが、「やっぱり、こういうことはやりたくない」と思いました。「馬には生まれ変わりたくない」というのは、こんな気持ちだったのかも知れません。

思い悩むうちに、「役に立たない馬がいてもいいんじゃないかな?」と思うようになったんです。たとえ1頭でも、そんな馬の面倒を最後まで見ることができたら、少し気持ちが楽になるような気がしました。そこで考えたのが里親制度です。

「里親制度」の第1号グラールストーン「里親制度」の第1号グラールストーン

当時、一緒に仕事をしていた競馬好きのスタッフに相談したところ、「競馬ファンの中には、(里親制度に)賛同してくれる人がいるかも知れませんよ」と言ってもらえました。そこから一歩が始まりました。そのスタッフはその後もずっと一緒です。

馬と触れ合う機会の大切さを実感

----:そこから1頭の引退馬をたくさんの人で支える共同里親システムの「フォスターペアレント制度」が始まるわけですね。「フォスターホース」を支える里親さんを集めるには、システム自体の存在を知っていただく必要があったかと思います。どのような活動をされたのですか?

沼田:前身の「イグレット軽種馬フォスターペアレントの会」を1997年に設立して、翌年から馬と触れ合うイベントを始めました。その時に知ったのは、「馬が身近な人が本当に少ないんだな」ということでした。

初めの頃にイベントに参加してくれた方々は、競馬ファンがほとんどでした。そんな皆さんからも、馬がいるだけで「お~」という歓声があがりました。ちょっと乗っただけですごく感動される方や、緊張しながら触る方もいらっしゃいました。競馬場の離れた所やテレビの画面越しに見ることはあっても、馬の体温を感じる機会はないんだということが分かりました。

----:「馬の体温を感じる」機会は、なかなかありませんね。

沼田:馬という存在は、生きているんです。それを実感していただかないと、私がやろうとしていることが前に進んで行かないと思いました。逆に言えば、大事なのは「そこ」かなと…。

「馬の体温を感じる」機会を大切に「馬の体温を感じる」機会を大切に

馬が生きているんだということ、そして誰か(サポートする人間)がいないと生きていけないこと。それを理解してもらえれば(引退馬協会の)気持ちもきっと伝わると感じました。たくさん触れ合いながら、馬のお手入れをしたり色々な話を聞いていただいたりするイベントを始めました。

「この子じゃないとできないこと」が必ずある

----:引退馬協会として、大切にしていることは何ですか?

沼田:どの子(馬)も、「生きているだけで、誰かの役に立っている」ということです。

最近、全盲の馬をフォスターホースにしました。トレーニング中の事故で視力を失った若い馬です。よく、「なぜ?」と聞かれます。引退馬協会は、「(先に理由があって)この馬を何とかしたい」という形でサポートする馬を選ぶのではなく、出会いを大切にしています。その馬とも、縁があったからなんです。

それから、人間も同じですが、その馬にしかできないことってあるんです。特別な能力があるかどうかではなく、みんな、生きているだけで誰かの役に立つと思っています。(競走馬の)仕事ができなくても、「この子じゃないとできないことがきっとある」と思って受け入れました。そうした考え方が、引退馬協会の基本なんです。

「いるだけで、みんな何かを発信している」「いるだけで、みんな何かを発信している」

----:その全盲の馬は、今、セラピーホースとして活躍していますね。どんな馬にも、1頭1頭それぞれの可能性や役割があり、それを大切にするということですね。

沼田:そうですね。いるだけで、みんな誰かに何かを発信しているんです。私たちは、それをお手伝いしているだけ。でも、それでいいんじゃないかなと思います。


牧場経営に携わるようになって抱いた疑問から始まった引退馬の支援。どんな命も誰かの役に立つという基本理念は、人間社会の様々な面でも参考になる考え方ではないだろうか。次回は、引退馬支援の難しさについて、再訓練や支援体制などの面から話を聞く。

《石川徹》

特集

編集部おすすめの記事

特集

page top