動物のリアルを伝えるWebメディア

ヨーロッパの動物愛護事情 vol.5…適切な繁殖と、愛犬家が「目を養う」ことがカギ

赤ちゃんのような大きい目が魅力
  • 赤ちゃんのような大きい目が魅力
  • 優しく明るい性格でブルークロスのスタッフに愛されたレナードは手術に耐えられなかった
  • 短頭犬種の頭蓋骨は扁平に「創られ」、呼吸器や眼球を収めるスペースが不足している
  • 健康な両親から生まれた元気な犬を迎えることが犬自身と飼い主の幸せに
  • 動物福祉を第1に考えるプロのブリーダーから子犬を迎えたい
  • 家族の一員として色々なモノを与えてくれる犬たち
  • 左からパグ、フレブル、ブルドッグの鼻孔の状態を示す。一番上が正常な状態で、下に行くほど狭窄がきつく呼吸器疾患のリスクが上がる
  • 短頭犬種には、鼻、喉、舌、気管や頭蓋骨の形成不全が頻発する

前回は、「短頭犬種」、つまりフレンチブルドッグ(以下、フレブル)やパグなどの「鼻ぺちゃ犬」たちが、人間による極端なブリーディングにより生まれながらの疾患に苦しむケースが多いことを紹介した。

今回は、そうした状況の解消について考える。そして、我々1人1人の飼い主が、これからすぐにでもできることについても紹介する。

魅力は「赤ちゃんのような可愛い目」

イギリスでは、人間の赤ちゃんを思わせるような大きな目が可愛いとして、短頭犬種の人気が常に高いそうだ。世界的なブームのフレブルはもちろんだが、日本でも見ることが多いボストンテリア、パグ、シー・ズーも愛好家が多い。また、キャバリア・キング・チャールズ・スパニエルとイングリッシュブルドッグが好まれているのは、原産国としての愛着だろう。

赤ちゃんのような大きい目が魅力赤ちゃんのような大きい目が魅力

治療には高額でリスクの高い外科手術が必要

愛らしい姿で人気の犬たちだが、前回紹介したように呼吸器や目に障害を抱える場合が多い。特に呼吸系疾患の場合、本来はただちに獣医師のケアが求められる。診断としては、まず呼吸の状態など一般的な症状を確認する。そのうえで、喉に内視鏡を入れて気道の検査を行ったり、CTスキャンで鼻の中の構造(= 空気の通り道)や(軟口蓋 = 口の中の天井部分後端から喉側に続く柔らかい組織)の大きさを調べたりする。

短頭犬種には、鼻、喉、舌、気管や頭蓋骨の形成不全が頻発する短頭犬種には、鼻、喉、舌、気管や頭蓋骨の形成不全が頻発する

中等症から重症と診断された場合、多くの場合は外科手術が必要となる。鼻の穴を広げたり、口の奥にある組織の一部を切除したりして気道を広げ、呼吸を楽にするためである。

左からパグ、フレブル、ブルドッグの鼻孔の状態を示す。一番上が正常な状態で、下に行くほど狭窄がきつく呼吸器疾患のリスクが上がる左からパグ、フレブル、ブルドッグの鼻孔の状態を示す。一番上が正常な状態で、下に行くほど狭窄がきつく呼吸器疾患のリスクが上がる

ただし、この手術は犬の身体に大きな負担をかけるとともに、全身麻酔にはリスクも伴う。実際、英動物保護団体・ブルークロスが保護したフレブルの「レナード」は、手術後の合併症によって死亡している。

優しく明るい性格でブルークロスのスタッフに愛されたレナードは手術に耐えられなかった優しく明るい性格でブルークロスのスタッフに愛されたレナードは手術に耐えられなかった

根本的な解決策は秩序ある繁殖のみ

短頭犬種でも、極端過ぎない体形(特に頭蓋骨形状)であれば健康上の問題は明らかに少なくなるそうだ。すべての鼻ぺちゃ犬に治療が必要なわけではない。ただ、正常な呼吸のために手術が必要な個体があまりにも多いことが問題だと、専門家の多くが訴えている。これは遺伝的な問題であり、頭蓋骨が健康的な形状になるような選択的繁殖に切り替えなければ、根本的な解決には至らない。

短頭犬種の頭蓋骨は扁平に「創られ」、呼吸器や眼球を収めるスペースが不足している短頭犬種の頭蓋骨は扁平に「創られ」、呼吸器や眼球を収めるスペースが不足している

オランダでは昨年、「Animal Keepers Decree(= 動物飼育令)」に定められている犬の健康的な繁殖に関する条文の遵守を求める姿勢を政府が明確にした。短頭犬種について、呼吸音、マズルの短さや鼻孔・目の状態などに関する詳細なガイドラインが発表された。これに基づき、子犬の健康に問題が生じるリスクの高い個体を繁殖に使わないことを求めている。

これに伴い、同国の血統登録機関であるオランダ・ケンネル・クラブ(Raad van Beheer)は基準を満たさない場合は血統書を発行しないことになった。外国からの輸入には規制が適応されないなど「抜け穴」に批判もあるようだが、ベルギーの「スコティッシュフォールド」猫の繁殖・販売禁止と同様、世界初の取り組みとして評価したい。

日本でも、「動物の愛護及び管理に関する法律」に関する議論の中で、わずかではあるが、環境省がこうした問題に取り組む姿勢を見せ始めた。同省が作成した検討資料には以下の記述がある。

「長い品種改良の歴史の中で、母体の安全のために帝王切開による出産が基本となる犬種や特有の疾患のリスクがある犬種が存在することなどを踏まえ、犬猫の品種の多様性や人の動物への関わり方について、今後、幅広い視点から国民的な議論を進めていくことが必要」

「国民的な議論」が、一日も早く始まり、オランダやベルギーの様に行政もこの問題に取り組むことに期待したい。

現在の状況下で、一般の飼い主ができること

容貌の愛らしさだけでなく、フレンドリーな性格が魅力の鼻ぺちゃ犬たち。家族の一員に迎えたいという思いに共感する愛犬家は多い。現状で私たち一般の愛犬家ができることは、真に「プロフェッショナル」なブリーダーを選ぶことだろう。良好な環境で、健康な両親から生まれた元気な子犬を迎えたることが、犬自身にとってはもちろん、飼い主の幸せにもつながる。

健康な両親から生まれた元気な犬を迎えることが犬自身と飼い主の幸せに健康な両親から生まれた元気な犬を迎えることが犬自身と飼い主の幸せに

そのためには、動物の福祉を第一に考えているブリーダーを見極めることが重要である。例えば、両親犬の遺伝病検査結果証明書の提示を求めれば、その反応からプロとしての姿勢が垣間見えるはずだ。また、遺伝性の疾患であるBOSの治療履歴についての確認も重要である。子犬に遺伝した場合、犬が苦しむと同時に飼い主も精神的・経済的負担を負う。また、こうしたリスクのある個体を交配させている繁殖業者は、短頭犬種の健康と幸せに関して十分な知識を持っていないか、または必要な注意を払っていない可能性が高い。

動物福祉を第1に考えるプロのブリーダーから子犬を迎えたい動物福祉を第1に考えるプロのブリーダーから子犬を迎えたい

繁殖に適した短頭犬種を見分ける6つのポイント

以下は、オランダの「動物飼育令」第3条・4項にある、繁殖に「適した」短頭犬種の条件をまとめた。ブリーダーで親犬を見る場合の参考になるだろう。

1.呼吸:安静時に通常でない呼吸音がしない
2.鼻孔:鼻の穴がきちんと開いている
3.マズルの長さ:頭の長さとマズルの長さの比が0.5以上
4.鼻の上の皺:無い
5.白目:犬に正対した際、眼窩の浅さに由来する白目の露出がない
6.まぶた:目を閉じた時、完全に閉じる
(出典:オランダ・ケンネル・クラブ「マズルの短い犬種用項目」)

そのほか、ブリーダーが付き合いのある獣医師の紹介を求めるのも有効だろう。獣医師からは、血縁犬の病歴などに関する貴重な情報が得られる場合もある。母犬、父犬やその血縁犬と子犬の健康状態について、獣医療の専門家視点から意見を聞いておけば安心だ。

これは短頭犬種に限らないが、飼い主、つまり繁殖事業者にとっての顧客である我々が「本物のブリーダー」を見極める目を養っていけば、無秩序・無知な繁殖を行う業者は淘汰され、結果として犬たちの福祉向上につながるだろう。

大切な家族の一員として

いずれにしても、最も重要なのは、「家族の一員」として迎えた以上、最後まで精いっぱいの愛情をもって共に暮らす飼い主の気持ちであることに間違いはないだろう。ペットは命ある存在である。病気やケガ、しつけなど、短頭犬種に限らず、また犬だけでなく、どんな生き物でも苦労は必ずつきものだ。決して良いことばかりではない。

家族の一員として色々なモノを与えてくれる犬たち家族の一員として色々なモノを与えてくれる犬たち

呼吸や目の疾患を持たないフレブルを迎えたとしても、病気やけがを経験する可能性はある。しかし、そうした苦労を超える素晴らしい生活や感情を、私たち人間に与えてくれるのもまた、動物たちだ。ペットを迎えることは、単なる「動物の飼育」ではない。ましてや、「セレブを真似て流行りのアイテムを買う」ことでもない。新しい「家族の一員」として、どんな時も共に暮らすことを肝に銘じたい。

《石川徹》

特集

編集部おすすめの記事

特集

page top