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狂犬病ワクチンについて考える vol.9…有効年数のラベル表示よりも長く効果を発揮、米研究

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犬への狂犬病ワクチンの効果が、接種後の長期間にわたり持続することが分かった。

カナダ獣医師会が発行する「Canadian Journal of Veterinary Research」によると、ワクチン接種から6年を超えた犬の80%が狂犬病ウイルスに感染しなかったという。また、狂犬病に対する免疫力の確認には、抗体検査結果が重要な指標となり得ることも確認できたとされている。

法律が犬に義務付ける唯一のワクチン

新型コロナウイルス感染症の世界的な流行で、感染症予防に対する意識が社会的に高まっている。ワクチンについて、その効果と副反応に加え免疫や抗体といった言葉を聞かない日はない。REANIMALではこれまで犬と猫に対するワクチン接種について、エビデンスに基づいた情報を紹介してきた。この機会に、唯一、法律で義務付けられている犬への狂犬病ワクチンについて改めて考えた。

より安全で効果的な狂犬病予防への期待

日本と北米では、使用されるワクチンに含まれるアジュバント(効果を上げる添加剤)や保存剤、「有効期間に関するラベル表示」(参考記事)などに違いはある。だが、毒性をなくしたウイルスを使って免疫を誘発するしくみは同じであり、参考となる点は少なくないと考えられる。以前紹介したように、毎年およそ10頭が死亡している狂犬病ワクチンだが、より安全で効果的な予防方法が日本でも検討されることを期待したい(参考記事)。

安全・確実な狂犬病予防の検証

米ウィスコンシン大学獣医学部名誉教授のロナルド・シュルツ博士は、長年にわたり動物用ワクチンに関する研究を行っている。同博士が中心となった研究が、「Duration of immunity after rabies vaccination in dogs(筆者訳:犬への狂犬病ワクチン接種後の免疫持続期間)」(*1) と題した論文にまとめられた。犬や人間だけでなく猫やアライグマなどすべての哺乳類が感染する狂犬病は、発症した場合ほぼ100%死に至る。研究は、この恐ろしい感染症の効果的で安全な予防法を確認する目的で行われた。同時に、ワクチン過剰接種による有害事象発生リスクを減らすことにも注目した。

8年以上を費やした比較試験

犬65頭による2種類のランダム化比較試験(RCT)が8年を超える歳月をかけて実施された。「介入群」(ワクチンを打つグループ)の犬には、生後12週と15週に狂犬病ワクチン接種が行われた。「対照群」の個体には、同時期に生理食塩水を接種した。

その後は一切ワクチン接種を行わず、5年以上飼養した後に2つの試験が行われた。1つめは、介入群と対照群を狂犬病ウイルスに曝露し、発症の有無を確認する「攻撃試験」(*2)。2度目(=最後)のワクチン接種から約6年半、7年、8年と経過時間を変えて行い、ワクチン効果が持続する期間を調べた。

「免疫記憶」を確認する試験

もう1つの試験では、それぞれのグループに狂犬病ワクチンを接種し、抗体が作られる様子の違いを検証した。ウイルスや細菌が体内に侵入すると、その病原体を攻撃して体を守る機能(=免疫)が働く。免疫において重要な役割を担うのが白血球の1種である「B細胞」が作る抗体で、病原体の増殖を阻止したり毒性をなくしたりする。

免疫には、同じ病原体に再び遭遇すると抗体が急速に生成される「アナムネシス反応」を起こす機能(免疫記憶)が備わっており、狂犬病ワクチンもその原理を利用している。毒性をなくした狂犬病ウイルスを体内に入れて予め免疫反応を起こしておき、実際に生きたウイルスが侵入した時に発症を防ぐ。この再接種試験では、ワクチン接種経験がある、つまり狂犬病ウイルスに接したことがある犬たちの抗体反応を、その経験が無いグループと比較して免疫記憶の有無を調べた。

攻撃試験の結果:6年以上経過した個体の80%が発症せず

ワクチン接種から6年7ヶ月経過したグループでは、5頭中4頭がウイルスへの曝露後も狂犬病を発症しなかった。使用したワクチンには3年間有効とのラベル表示があるが、免疫が実際に持続する期間はかなり長いことが分かる。7年1ヵ月のグループでも12頭中6頭(50%)が、8年0ヶ月の個体群では5頭中1頭(20%)が発症しなかった。5年5か月の介入群を使用した試験はウイルスに問題があり中断されたが、継続すれば100%の生存率が得られただろうとしている。

分析から分かったこと:抗体反応と免疫との相関関係

ウイルスへの曝露後0、4、12、26、90日後に採血し、世界標準であるRFFIT法(迅速蛍光フォーカス抑制試験、*3 )で抗体価を調べた。その結果、早期に抗体が作られた場合は発症しないことが認められた。特に、12日目までの抗体反応(=たくさん抗体ができるか)と免疫力(=発症しないか)との間に強い相関関係が確認できたとしている。

さらに4日目と12日目には、リンパ節から白血球(正確には「単核細胞」)を採取しフローサイトメトリー(*4)で調べた。介入群では、4日目にB細胞の有意な増加が確認された。抗体の産生を行うB細胞の活性化も、過去に狂犬病ワクチンを接種した個体にアナムネシス反応が生じたことを示しているとされる。

狂犬病に対する免疫力は抗体検査による確認が可能

いわゆる混合ワクチンの場合、検査をして「抗体があれば打たない、無ければ打つ」という判断ができる(ただし「コアワクチン」に限る。参考記事)。狂犬病に関しては、抗体価と免疫力に相関関係があると「必ずしも言えない」との考えがアメリカでは主流となっている。抗体検査による狂犬病ワクチン接種が免除されないのは、それが基になっていることを過去に紹介した(参考記事)。

しかしながら今回の試験結果は、抗体と狂犬病への抵抗力の間に強い相関関係があることを科学的に証明した。今後は、狂犬病ワクチンもジステンパーやパルボウイルスなどを予防する「コアワクチン」同様、抗体検査で接種の要否を判断する方向に進んでいく可能性が考えられる。

次回は、もう1つ実施されたワクチン再接種試験の結果を紹介する。また、日本で行われた免疫持続期間に関する調査についても触れる。そこから、人間にも動物にとっても、より安全で効果的な狂犬病の予防システムについて考える。人間社会を狂犬病という危険な感染症からより確実に守りながら、300頭以上が重い副反応に苦しむ(参考記事)状況を改善する方法はありそうだ。


*1 「Duration of immunity after rabies vaccination in dogs」(2020);R. D. シュルツら
*2 攻撃試験:ワクチンを接種した生き物を病原体に曝露し、発症するかどうかを確認する試験
*3 RFFIT法:抗体検査の「ゴールドスタンダード」とされる方法で、WHOが推奨し人間の狂犬病ワクチンの評価・認証にも世界中で採用されている
*4フローサイトメトリー:溶液中に混濁した細胞の数などを迅速・正確に読み取るツール

《石川徹》

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