ノルウェー動物保護協会(NSPA)は昨年11月、同国のケネルクラブとブルドッグおよびキャバリアのブリーディング・クラブなどをオスロ市の地方裁判所に提訴、このたび判決が言い渡された。
この2犬種に行われているブリーディングが、「動物福祉法(Animal Welfare Act 2009) 」違反*にあたるというのが争点となり、裁判が行われていた。
ケネルクラブを被告とする裁判
特定のブリーダーだけでなく、血統書の登録や発行などを行う畜犬団体であるノルウェー・ケネルクラブをNSPAが訴えた裁判として、その結果が注目された。さらに、イングリッシュ・ブルドッグ(ブルドッグ)およびキャバリア・キングチャールズ・スパニエル(キャバリア)の犬種クラブも裁判の対象となった。

ノルウェーの法律は、遺伝的に身体面・精神面で問題を抱えるリスクのある繁殖を禁じている。NSPAは、特にこの2犬種でブリーディングによる遺伝的な健康問題が深刻化しているとしている。被告側は根拠がないと訴えの棄却を求めたが、専門家から様々な科学的根拠(エビデンス)が提示された結果、5回にわたる裁判が開かれた。
無秩序な繁殖による健康被害
極端な外見を求めるブリーディングによって健康上の問題を抱える犬種があることは、世界各国で指摘されるようになっている。イギリスでも、ブルドックなどの短頭犬種(鼻ぺちゃ犬)に「短頭種気道症候群(BOAS)」と呼ばれる呼吸器系の疾患や目のトラブルが多いことが報告されている。ケンブリッジ大学獣医学部は、「ケンブリッジBOASリサーチグループ」を設立し愛犬家に向けた情報発信を行っている。

NSPAによれば、ノルウェーで繁殖されているブルドッグにも呼吸器や目、皮膚の疾患など8種類の遺伝性疾患が頻発。キャバリアの場合は、心臓や頭蓋骨、脳のトラブルなど7種類の病気が繁殖方法に由来するとしている。

今回の裁判を、NSPAは「完全勝利!」と表現する。ブルドッグとキャバリアのブリーディングが動物福祉法第25条違反であるという判決が出た。さらに被告となっていた特定のブリーダーには、それぞれブルドッグとキャバリアの繁殖を行うことが禁止された。判決文ではブリーダー名は黒塗りされており非開示だが、個人(もしくは企業)に対し法的な制限を課したのは画期的な判断と言えるだろう。
科学的根拠に基づいた真摯な繁殖を
この判決は、ブルドッグとキャバリアのブリーディングを全面的に禁止するものではない。科学的根拠に基づき、他犬種との交配などを行いながら真摯に健康状態を改善させる繁殖を行うことを推奨している。「この50年で(繁殖に関する)科学的・技術的な進歩が急速に進みました。私たちは、最新の知見に基づいて犬の繁殖方法を変えていかねばなりません」とNSPAは語っている。
また、同団体の代表で獣医師のエアシャイルド・ロールドセット(Åshild Roaldset)氏は長年の努力の成果を冷静に振り返っている。
「人間がもたらしたブルドッグの健康問題は20世紀初頭から知られていたことです。数十年にわたって、ノルウェーでは違法に病気の犬たちのブリーディングが続けられてきました。この判決は何年も前に出されるべきでしたが、今日やっとそれが明確になりました」
NSPAの提案
同国では、農業食糧省(Ministry of Agriculture and Food)から委託を受けたノルウェー食品安全局(Norwegian Food Safety Authority)が犬のブリーディングに関するガイドライン作成を行っている。NSPAはサンドラ・ボルチ(Sandra Borch)大臣に書簡を送り、改善策の提案とともに規制の早期施行を求めている。
EU(欧州連合)は、2020年に「責任ある犬の繁殖に関するガイドライン(RESPONSIBLE DOG BREEDING GUIDELINES)」を作成した。繁殖に使用する犬の選定は、遺伝性疾患を含む健康状態や気質、年齢などを考慮して慎重に行うべきとしている。繁殖に携わる人間についても、その「能力がある(= competent)」ことを証明すべきとしている。
NSPAは、マイクロチップの導入で犬の履歴管理を徹底するとともに、このEUによるガイドラインの導入を求めている。
人間の理不尽な行いから動物を守る
ブルドッグとキャバリアの合法的な繁殖、つまり、真摯に健康状態を改善させるブリーディング方法の詳細についてはこれからガイドラインが設定されるだろう。まだ課題は残っているが、ロールドセット代表はこの判決がノルウェー以外でも犬の福祉向上につながることを期待している。
「動物福祉法は、人間の理不尽な行いから動物たちを守ることを目的に作られた法律です。それが今日、犬たちの幸せを守ってくれました」とし、犬たちと一緒にお祝いをしたいと語った。

日本おける繁殖の課題
日本でも、無秩序な繁殖による遺伝性疾患によって犬や猫の健康と福祉が損なわれている例は多い。埼玉県獣医師会は「日本は世界でも突出して犬の遺伝性疾患が多い国」としている。
13年連続の人気犬種トップとされるトイプードルには、膝蓋骨脱臼(俗に言うパテラ)が頻発している。これも「多因子疾患」に分類される遺伝性疾患であり、意図的に小型の個体を作り出そうとする繁殖方法に由来するケースが多いと考えられる。

重度の場合は骨を削るなど大掛かりな外科手術が必要となり、生活の質(QOL)の大幅な低下につながる疾患だ。
DNA検査によって遺伝子の変異を見つけることのできる遺伝性疾患(「単一遺伝子疾患」と呼ばれる)も、少なからず発生している。その中には、治療法がなく、徐々に症状が悪化して死に至る病気もある。愛犬の苦しみだけでなく、家族の精神的・経済的負担は非常に大きい。

「動物の愛護及び管理に関する法律(動物愛護法)」を所管する環境省は、繁殖に由来するこうした問題について「幅広い視点から国民的な議論を進めていく」と意志表明を行った。2020年に行われた動物愛護法に関する議論の場でのことだ。その後の動きは見えてこないが、何らかの具体的なアクションがあることを期待したい。
* ノルウェーの動物福祉法・第25条は遺伝的に身体面・精神面で問題を抱えるリスクのある繁殖を禁じている。さらに「動物が自然な行動をとる能力を低下させ」たり、「倫理的問題」につながったりするような遺伝的特性をもつ動物を繁殖に使用してはならないとする(NSPAのウェブサイトより)