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◆ノルウェーでは健全な繁殖が法的義務
ノルウェーでは、動物福祉法(Animal Welfare Act 2009)で繁殖について定めた第25条が、遺伝的に身体面・精神面で問題を抱えるリスクのあるブリーディングを禁じている。さらに「動物が自然な行動をとる能力を低下させ」たり、「倫理的問題」につながったりするような遺伝的特性をもつ動物を繁殖に使用してはならないとしている。(NSPAのウェブサイトより)
◆現状の繁殖は違法?
NSPAは様々な団体や専門家とともに、20年以上にわたり動物の繁殖に関する問題解決に取り組んできたという。2018年以降は、特に純血犬種の繁殖を規制することを求めている。一部の犬種では、すべての個体が一生の間に1つ以上の遺伝性疾患を発症していると同協会は語る。

また、「その極端な外見に関連した病気や健康上の問題を抱えている犬種もある」と言う。ノルウェーでは、特にイングリッシュ・ブルドッグ(ブルドッグ)とキャバリア・キング・チャールズ・スパニエル(キャバリア)に遺伝的な健康問題が深刻化しているという。ブルドッグには呼吸器系や目、皮膚の疾患など8種類、キャバリアには心臓や頭蓋骨、脳のトラブルなど7種類の遺伝性疾患を指摘している。

同国内で行われているこの2犬種のブリーディングが、動物福祉法25条違反にあたるというのが彼らの主張である。
◆段階を踏んだ上で司法の判断へ
問題解決に向けて、昨年NSPAはノルウェー・ケネルクラブ(NKK:血統書の発行などを行う「畜犬団体」)およびブルドッグとキャバリアの単犬種クラブと6名のブリーダーとの話し合いを行った。その結果NSPAとNKKの間には、「動物福祉法が定める"健康に優れた動物を繁殖させなければならない"という条文の解釈について意見の相違」があることが明確になったとしている。法解釈を裁判所に委ねるため、今回の提訴に至った。
◆犬の健康と福祉を守る繁殖を提案
NSPは犬たちにも健康な生活を送る権利があるとして、「犬種標準*」にとらわれず犬の福祉を重視したブリーディングを求めている。ノルウェーでは、健康なブルドッグやキャバリアが生まれるためには、健康な他の犬種との交雑が唯一の解決策と同団体は主張する。そこが、いわゆる「純血種」にこだわる畜犬団体や単犬種クラブと争点の1つになっていることが想像できる。
同団体の代表で獣医師のエアシャイルド・ロールドセット(Åshild Roaldset)氏は「犬の繁殖は、昔から特定の犬種において病気の負担が大きいことが認められています。しかし、獣医療を含む最新の科学的知見に基づいた繁殖を行えば、健康と福祉を守ることができるのです」と語る。

「彼らの健康は、"特定の外見を持つ犬を所有したい"という人間の願望よりも優先されなければなりません。純血種の繁殖は、多くの犬に深刻な健康問題を引き起こし得る趣味であり、これを続ける正当な理由はありません」と説く。
◆愛犬家にも理解を示す姿勢
一方で、NSAPは愛犬家に対する理解も示している。「私たちは、(ブルドッグやキャバリアなどの)飼い主が自分の愛犬に寄せる愛情を理解しています。これらの犬の多くは素晴らしい気質と愛らしい性格をもっています。だからこそ、病気や苦しみのない"犬生"を与える理由は大きいはずです」と語る。今回の訴訟は動物福祉のためであり、ブリーダーを含む関係者に対する戦いではないことを強調している。
◆思いやりを持った繁殖
ブルドッグは、胎児の頭が大きくほとんどのケースで帝王切開が必要となる。また、短頭種(鼻ぺちゃ犬)では極端な頭蓋骨形状のために呼吸器系や目に疾患を抱える場合も多いことが知られている。「出産や呼吸ができず、病気だらけの犬を繁殖することに終止符を打つ時が来ています。獣医師として、こうした犬たちが苦しむ姿を何十年も見てきました。私たちは、動物の幸福と健康に対する思いやりを持ってブリーディングをすべきです」とロールドセット氏は語る。
◆日本でも規制が必要なブリーディング
日本では、2019年に「動物の愛護及び管理に関する法律」(以下、愛護法)が改正された。それに伴い、ブリーダーなどの事業者に課せられる基準を定めた省令が環境省によって作成され、今年の6月から段階的な施行が始まっている。飼養スペースなどを具体的に定義した通称「数値規制」は、劣悪な環境で犬や猫を飼育する事業者を取り締まり、動物福祉の向上を図る狙いがある。
この環境省令には繁殖に関する記載もあり、「遺伝性疾患等の問題を生じさせるおそれのある組み合わせによって繁殖をさせない」とある。しかしながら、この点についての具体的な議論は行われておらず、規制は全く行われていないと言っても過言ではない。
◆日本でも多い遺伝性疾患
埼玉県獣医師会によれば、「日本は世界でも突出して犬の遺伝性疾患が多い国と言われている(同獣医師会のウェブサイトより)」。日本でも、ノルウェー同様に短頭犬種の呼吸器系疾患に問題意識をもつ専門家は多い。猫で人気のスコティッシュフォールドは、軟骨の形成不全により慢性的な痛みを抱えるケースが多いことが分かっている。遺伝性疾患によって命を落としたペットの話題もしばしば耳にする。
トイプードルなどの小型犬種では、膝のお皿がずれる「膝蓋骨脱臼」(=パテラ)がまん延している。理化学研究所とペット保険のアニコムの調査では、トイプードルの7頭に1頭がパテラを罹患していたそうだ。
ペット保険の多くも、この病気を補償対象から除外している。この病気も、痛みを伴ったり、大掛かりな外科手術が必要になったりするケースが少なくない。
◆環境省と獣医師への期待
日本にも、繁殖による遺伝性疾患によって犬や猫の健康と福祉が損なわれている例が多い。こうした問題については昨年、環境省が「幅広い視点から国民的な議論を進めていく」と正式な意志表明を行っている。同省が中心となり、積極的な議論が行われることに期待したい。
また、NSAPの訴訟は「欧州愛玩動物獣医師会連合」(=筆者訳:FECAVA)もサポートしている。日本でも、遺伝性疾患の撲滅に向けて獣医療関係者による積極的な参画が望まれる。
* JKC(ジャパンケネルクラブ)のウェブサイトには、「各犬種の理想像を文章で書き表したもの」とある。犬種ごとに体の各部の形状やサイズ、被毛の色など主に見た目について細かく決められている。この定義にこだわるあまり、近親交配などが繰り返され犬の健康が損なわれているとする主張もある。なお、日本の「ジャパンケネルクラブ(JKC)」やノルウェーのNKKを含め、ヨーロッパ、アジア、南米など世界100か国がベルギーにある統括団体「世界畜犬連盟(FCI)」に所属しており、基本的には世界統一。