犬の遺伝性疾患について、以前、筆者の愛犬のケースを通して問題提起を行った(参考記事)。この例に限らず、生まれつきの疾患を子犬が受け継いでしまうリスクを知りながら、親犬を繁殖に使い続ける事業者は少なからず存在する。また、健康に見える親犬や親猫でも、子どもに遺伝的疾患を発症させる可能性があることを知らない繁殖業者も多いだろう。
その結果、「日本は世界でも突出して犬の遺伝性疾患が多い国」(埼玉県獣医師会)と言われていることを、「"命の商品化"を考える」シリーズのvol.16で紹介した。ここでは、3回にわたってペット業界における遺伝子病検査について紹介する。
無秩序な繁殖が行われている現状
動物の愛護及び管理に関する法律(以下、愛護法)にも、「遺伝性疾患等の問題を生じさせるおそれのある組み合わせによって繁殖をさせない」と明記されている。それにも関わらず、無秩序な繁殖は恒常的に行われている。遺伝病の中には致死性の疾患や大きな苦痛を伴うものもあり、大切な家族である犬や猫の「生活の質」の低下と同時に、飼い主には経済面だけでなく精神的にも大きな負担をもたらしている。
全ての子犬・子猫に遺伝子検査を実施
このような状況の解決に向けた取り組みを始めた企業がある。犬と猫専門のペットショップPet Plus (ペットプラス)を全国展開するAHBだ。同社では、年間およそ3万頭の子犬・子猫を取り扱う。2019年春からは、その全てにDNA検査を実施し遺伝的疾患リスクの有無をチェックしている。
AHBには東京、静岡、名古屋、大坂、岡山、福岡に「ウェルネスセンター」と呼ぶ拠点がある。主に契約ブリーダーで育てられた子犬・子猫は、まず最寄りのセンターで16項目にわたる健康チェックを獣医師から受ける。この際に検体を採取し、提携先であるアニコムホールディングス(ペット保険のアニコムなどを傘下にもつ)の関連機関で遺伝子検査を行う。
初年度は4万件の検査を実施
初年度は約4万の犬・猫に遺伝子検査を実施した。これには、AHBが全国で販売した3万数千の子犬・子猫に加え、契約ブリーダーから依頼のあった繁殖用などの成犬・成猫にも無料で行った検査が含まれている。2020年11月1日に同社が公表した最新の「遺伝子検査因子別統計」では、検査件数は18万4275にのぼっている。
業界全体の意識向上に向けた取り組み
AHBでは、繁殖業者の意識向上に向けた取り組みも行っているそうだ。社員である獣医師が繁殖現場を巡回し、予防接種や飼育管理指導などを実施。また、契約ブリーダー向けの勉強会を定期的に開催し、愛護法の改正や繁殖方法などの最新情報に関するセミナーを行っている。
同社でウェルネスセンターと営業部門を管理する長谷川龍太取締役は、「これまで経験則で行われてきたブリーディングに、『科学』的な勉強も促すことで業界全体の意識を向上させたい」と思いを語る。
遺伝子検査を実施しているペット業者
繁殖業者やショップなどペット業界の意識が向上し、遺伝子検査が普及すれば、少しずつではあるが確実に遺伝的疾患で苦しむ犬・猫や飼い主は減っていくと思われる。希望者のみへの有料サービスではあるが、ペットショップチェーン大手のコジマでも犬と猫の遺伝子病検査を実施している。また、犬の「競りあっせん」(オークション)を行うペットパーク流通協会でも、全国の加盟市場で遺伝子検査を受け付けている。
コーギーは遺伝子検査結果証明書の提出が必要
このペットパークからは、2019年1月よりウェルッシュコーギーに遺伝子検査の証明書提出を求める旨の通達も出されている。これは、ウェルッシュコーギー・ペンブロークのおよそ7割が因子を持ち、発症も全体の1/4にのぼると言われている変成性脊髄症(DM)に配慮したものだろう。10歳過ぎから発病することの多いDMは、脊髄の障害による麻痺が徐々に広がり数年で死に至る疾患で、遺伝子の変異が原因と考えられている。
AHBの長谷川取締役は、ブリーダーを含めた「ペット業界全体で『防げる病気』に対する認識が高まり、業界が一丸となって遺伝子病検査に取り組み始めた」との印象をもっているそうだ。
「命の選別」として反対する事業者
一方、「日本最大のペットオークション」を謳うプリペットは遺伝子検査に反対の立場を明確にしている。同社は、「ペットの遺伝子検査に関する弊社の見解」として2019年4月に公式なステートメントを発表している。
「弊社は、動物愛護法違反であり、医学的、科学的にも大きな問題のある遺伝子検査で命の選別をすべきではないとのスタンスを取っています」
次回は、プリペットが遺伝子検査に反対する理由について、海外事例なども踏まえて検証する。