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【“命の商品化”を考える vol.16】無秩序な繁殖による遺伝的疾患撲滅にも小さな光明か?

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  • 品種改良について国民的な議論を行う方針が追加
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  • 初めて桜を眺めるさくらちゃん
  • お兄ちゃん(?)の大福君との再会
  • 妹(?)のもみじちゃんと。身体が反るのは神経症状のよる
  • 環軸椎の形成不全による頸椎の大きなすき間
  • 発症前。丸々とした、子犬のさくらちゃん

前回、環境省が「中央環境審議会動物愛護部会」(以下、愛護部会)に提案した「適正な飼養管理基準の具体化」、いわゆる「数値規制」には、犬猫以外の愛護動物への配慮が新たに追加されたことを紹介した。今回は、もう1つの注目すべき点である、遺伝的疾患にも関連する注記について解説する。

すでに定められている「遺伝的疾患を生じさせない繁殖」

「動物の愛護及び管理に関する法律」(以下、愛護法)第21条は、動物の健康を保つため「繁殖の用に供することができる動物の選定」に配慮することを求めている。現行基準でも「遺伝性疾患等の問題を生じさせるおそれのある組み合わせによって繁殖をさせない」とあり、出産回数・年齢の上限や帝王切開の条件と同様に、生まれつきの病気も繁殖に関する柱の1つとされている。しかしながら、本シリーズのvol.9で紹介したように、この点についてはほとんど議論が行われてこなかった。

一方、今回の愛護部会で環境省が示した「基準6 繁殖回数・方法関係」には、8月の「動物の適正な飼養管理方法等に関する検討会」(以下、検討会)で設けられた帝王切開に関する条件(必ず獣医師が行い、出生証明と母体の状態に関する診断書の発行を義務付ける)に加え、以下が追記された。

「長い品種改良の歴史の中で、母体の安全のために帝王切開による出産が基本となる犬種や特有の疾患のリスクがある犬種が存在することなどを踏まえ、犬猫の品種の多様性や人の動物への関わり方について、今後、幅広い視点から国民的な議論を進めていくことが必要」

品種改良について国民的な議論を行う方針が追加品種改良について国民的な議論を行う方針が追加

現状は「突出して犬の遺伝性疾患が多い国」

無秩序な繁殖の結果、「日本は世界でも突出して犬の遺伝性疾患が多い国」(埼玉県獣医師会)と言われている。劣悪な環境下で飼育されている繁殖動物だけでなく、その親から生まれた子犬や子猫たちも過酷な状態での生活を強いられている場合が少なくない。遺伝病には大きな苦痛を伴うものや治療方法が無い致死性の疾患もあり、動物のQOL(生活の質)はもちろん、飼い主にとっては経済面だけでなく精神的に大きな負担となる場合が多い。

無秩序な繁殖で受け継がれる遺伝的疾患

例えば日本犬として最も飼育頭数が多い柴犬は、「GM1-ガングリオシドーシス」を発症するリスクがある。神経症状を起こし、1歳前後で死に至る治療法のない病気である。この病気については、中部地方在住の飼い主さんが書かれたブログ「難病と闘う柴犬 さくら」に詳細な闘病記がある。

初めて桜を眺めるさくらちゃん初めて桜を眺めるさくらちゃん

先天的な病気の場合、原因となる遺伝子を持っていても発症しない場合がある。いわゆる「キャリア(保因者)」である。このキャリア同士が交配すると、両方の親からそれぞれ病気の遺伝子を受け継いで発症する子供が1/4の確率で生まれる。「さくら」ちゃんの場合、キャリア同士の近親犬を交配させたことによる発症が飼い主さんの粘り強い調査で明らかになった。さらに、血を分けたきょうだいの大福くんともみじちゃんも同じ病気により1歳で亡くなっている。

お兄ちゃん(?)の大福君との再会お兄ちゃん(?)の大福君との再会

未然に防げる遺伝病

現在は、この病気だけでなく多くの先天的疾患リスクをDNA検査で確認することができる。イギリスのウェブサイト「ドッグ・ブリード・ヘルス」には、およそ160犬種に関する遺伝的疾患の傾向を解説している。例えば日本で最も飼育頭数が多いトイプードルには、比較的よく知られるようになってきた進行性網膜萎縮症(PRA)を含め、8種類の疾患についてDNA検査が可能とされている(英国の場合)。

そのほかにも、DNA検査では確認できない遺伝疾患を挙げ、両親だけでなくその両親およびさらに1世代前の両親(つまり曾祖父母)まで遡って病歴を確認することが望ましいとされている。同時に、ブリーダーにもそうした遺伝的疾患に配慮した繁殖を呼び掛けている。ちなみに、トイプードルの場合は、膝蓋骨脱臼(俗に言うパテラ)のほか、血管の異形成により肝臓で血液の解毒が行われない門脈体循環シャントや環軸椎(第1・第2頸椎)亜脱臼、てんかん、白内障、緑内障、副腎皮質機能亢進症など16種類の遺伝的疾患が列挙されている。

環軸椎の形成不全による頸椎の大きなすき間環軸椎の形成不全による頸椎の大きなすき間

こうした遺伝病の多くは秩序ある繁殖で未然に防ぐことが可能だ。健康な個体でもDNA検査によって「キャリア」であることが判明した場合、繁殖から外して病気の遺伝子が次世代に継承されないようにできる。DNA検査での確認が不可能な疾病についても、ブリーダーやペットショップが客(= 飼い主)に対する最低限のアフターケアを行うことでキャリアの発見が可能な場合は多いだろう。

意図的な交配

飼い主さんの長期にわたる訴えの結果、さくらちゃんたち「3きょうだい」の親犬は繁殖から外されたそうだ。

妹(?)のもみじちゃんと。身体が反るのは神経症状による妹(?)のもみじちゃんと。身体が反るのは神経症状のよる

だが、遺伝的疾患のリスクを知りながらも交配を続けるケースは現実的に存在する。愛らしい姿で人気のある猫の「スコティッシュフォールド」も、折れ曲がった耳は遺伝的な軟骨の形成異常に起因するもので、強い痛みや歩行困難などを伴う脚の軟骨形成不全に繋がりやすいことが分かっているが、繁殖は続けられている。

スコティッシュフォールドの「折れ耳」も軟骨形成遺伝に由来スコティッシュフォールドの「折れ耳」も軟骨形成遺伝に由来

「ティーカップ」プードルなど極端に体の小さい個体は、よくある膝蓋骨脱臼だけでなく心臓や血管などにも様々な遺伝性疾患を発症する傾向があるようだ。

またヨーロッパの動物愛護事情 vol.2で紹介したように、短頭犬種(「鼻ぺちゃ」犬)の場合は、「短頭種気道症候群」と呼ばれる呼吸器系の機能不全のほか、「BOS (= 直訳:短頭種眼球症候群)」と呼ばれる目の疾患に悩む傾向がある。眼球が収まる頭蓋骨の穴が浅すぎるため、目に様々な悪影響が出るものである。

ボストンテリアもオランダでは規制の対象ボストンテリアもオランダでは規制の対象

今後に向けて

これに対してオランダでは、マズルの低すぎる個体を繁殖に使用することを禁止する法律が今年施行され、REANIMALでも7月に紹介した。日本でも、遺伝的疾患で苦しむ動物やその家族を減らすため、環境省の言うような国家レベルでの議論が待たれる。

「人の動物への関わり方について、今後、幅広い視点から国民的な議論を進めていく」という環境省の姿勢には大きな期待がかかる。REANIMALでは、今後も海外の事例なども含め動物福祉の問題を紹介していく。

《石川徹》

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