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【獣医療の最前線】常同障害も早期発見・早期治療がカギ、「あれ?」と思ったら相談を [インタビュー]vol.2

獣医師の山田良子氏
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  • 山田氏の愛猫「ゆき」くん

前回は、日常生活に支障が出るまで同じ行動を繰り返してしまう犬の常同障害に関し、その原因と症状について動物行動診療の専門家である山田良子博士にお話を聞きました。今回は、その治療方法と早期発見に必要な飼い主の心構えについてご紹介します。

治療に入る前の診断が重要

----:症状によって違うと思いますが、常同障害の場合どのような治療をするのですか?

山田:まず治療の前に診断がとても重要です。繰り返される行動も、正常な範囲内の場合があります。常同障害レベルなのかどうか、他の要因はないのかを見極める必要があります。例えば、体の一部を舐める行動が痛みや痒みによるものの場合があります。

また、てんかんなどが原因で自分の体を噛むケースもあります。別の疾患が原因ではないかを精査します。また、以前にお話しした、飼い主さんの関心をひくための「アテンションシーキング」かどうかの判断も必要です。

----:治療に入る前の診断がとても重要なのですね。

山田:そうです。

抗うつ薬などの投薬と行動療法が中心

----:その結果、常同障害と診断された場合には薬を使った治療が行われるのですか?

山田:常同「障害」まで発展しているケースでは、抗うつ薬や抗不安薬の力を借りる場合が多いです。ただ、日本ではまだ常同障害の治療薬として認可されている薬がないため、適応外使用になります。論文などでエビデンスがあるものを使いながら、その子に合うものを探していきます。

----:人間用の薬ですか?

山田:人間用に開発された薬を使うことが多いです。SSRI(選択的セロトニン再取り込み阻害薬)*を使う場合などがありますが、そうした薬は人間用です。犬用の薬では、「クロミカルム」という抗うつ薬があり、分離不安の治療薬として認可されています。常同障害の治療薬としては認可されていませんが、これを使うこともあります。

東大では、常同障害と診断された場合は7~8割は何らかの薬を使って治療します。ただ、薬の服用だけでなく併せて行動療法は必ず行います**。

* SSRI: Selective Serotonin Reuptake Inhibitor(選択的セロトニン再取り込み阻害薬)の略。神経伝達物質の1種であるセロトニンが脳内に放出された後、再吸収を阻むことで脳内のセロトニン濃度を上昇させ抗うつ・抗不安作用をもたらす

** 行動療法に関しては、以前行った竹内教授のインタビュー記事を参照

----:手術するケースはありますか? 極端な例ですが、尻尾を噛む場合は断尾をするとか…。

山田:基本的にはありません。尻尾を噛んで壊死してしまった場合などは合併症を防ぐために断尾することもありますが、常同障害の治療として手術をすることはありません。断尾をしても、尻尾がなくなれば後ろ脚など別の部位を噛むといった行動が出ます。根本的な改善にはつながりません。

----:なるほど。常同障害の治療に関して、1番大きな課題は何でしょうか?

山田:原因がはっきりしていないので、まずは遺伝要因と環境要因、両面でのさらなる研究が必要です。また、行動療法と薬物療法について、犬種や症状の種類別に治療効果に関するデータが豊富にそろえば、症例にあった提案がしやすくなると思います。

少しでも気になったら専門家に相談を

----:行動診療においても早期発見・早期治療が重要だと聞きました。こうした「障害」があることは、あまり一般の飼い主には知られていない印象があります。そのために発見が遅れることもあるのではないでしょうか?

山田:確かに常同障害はあまり認知されていないと思います。海外ですが、「犬が尻尾を追いかけてぐるぐる回る行動をどう思いますか」と一般の飼い主さんを対象にした調査が行われました。その論文では、「面白い行動だと思う」と感じる飼い主さんが多かったと報告されています。可愛い行動とみなされて放置され、悪化してから来院というパターンも少なくないと思います。

もし、愛犬が同じ行動を頻繁に繰り返していると感じたら、早めに専門家に相談するのが良いと思います。

----:飼い主が常同障害を見分けるために、注意すべきポイントはありますか?

山田:どのような行動でも常同障害につながる可能性はあります。ただ、「それをするような状況ではないのに、同じ行動をずっとしている」場合は注意が必要です。例えば、遊んでいる時に興奮してぐるぐる回ることはありますが、何も刺激がないのに回り続ける場合は気にしていただいた方がよいかと思います。

飼い主さんにとっては判断が難しい場合が多いと思いますが、早期発見・早期治療が大切なのは他の疾患と同じです。尻尾から血が出るほど噛むまで深刻化してから治療を始めるよりも、「あれ? 気づいたら手を舐め続けてるみたい」とか、「いつも同じ行動をしている気がするな」と感じたら専門家に診てもらうのが安心です。

----:ちょっとでも気になったら、ためらわず専門家に診ていただくのが大切ですね。

山田:「あれ?」ぐらいで相談していただくことをお勧めします。一緒に暮らしている動物のことを一番よく分かっているのは飼い主さんです。ちょっとしたことでも、気になる点があれば様子を見るよりも専門家に相談してみてください。

----:動物病院で診察していただく、となるとちょっと身構えてしまう飼い主さんもいるかもしれません…。

山田:病院で行っている「パピークラス」などに参加いただくのも良いと思います。犬との接し方や飼育環境の改善など、生活面の質問にも答えてくれると思います。行動診療の専門医がやっているパピークラスが近くにあれば、犬の習性や行動についても教えてもらえます。特に子犬と暮らし始めたばかりの飼い主さんにはお勧めです。ちょっとしたことでも聞きやすいですし、将来、その他の病気も含めて困ったことがあれば診てもらうこともできます。

----:まずは自分の家族である愛犬の様子を日頃からよく見ておくこと。そして、小さなことでも「あれ?」と感じたら早めに専門医に相談する、ということが大切ですね。どうもありがとうございました。


下痢や嘔吐、震えや食欲不振などといった症状とは違い、素人には分かりづらい動物の行動障害。日々の生活の中で「あれ?」と感じることがあれば、できるだけ早く専門医に相談することが早期発見・早期治療につながります。嚙み切った尻尾の骨や被毛を飲み込んでしまい、取り出すための開腹手術が必要となったケースもあると聞いたことがあります。このような症例では、飼い主の精神的な負担も大きなものとなるでしょう。

大切な家族として、一緒に暮らす愛犬のことを一番よく知る飼い主として、小さな変化にも気付けるよう日々のコミュニケーションが大切です。何かに気付いたら、迷わず専門家に相談することが、飼い主としての責任でもあるでしょう。  

山田良子: 獣医師、博士(獣医学)
東京大学農学部獣医学専修及び同大学院博士課程卒業。同大学附属動物医療センターの行動診療科で臨床に携わりながら、柴犬の攻撃行動と常同障害について動物行動学や臨床行動学の観点から研究。動物も人間も、共に暮らしやすい社会づくりに貢献したいと語る。供血猫として活躍した10歳の猫「ゆき」くんと暮らす愛猫家。

《石川徹》

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