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【働く犬】盲導犬編 vol.5…「障害のない社会」の実現をめざして[インタビュー]

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  • 日本盲導犬協会 広報・コミュニケーション部の山本ありさ氏

これまで4回にわたって盲導犬の仕事や育成方法、普段の様子などについて紹介してきた。最終回の今回は、私たちが盲導犬について知っておくべきことについて、日本盲導犬協会へのインタビューを通して紹介する。そのうえで、同協会の考える理想的な社会について聞いた。

盲導犬は「かわいそう」?

----:盲導犬に対しては、真面目なイメージから「我慢させられてかわいそう」との意見もあります。これまでのお話を聞くと、犬たちはパートナーと仕事をすることが好きなのではと思いました。盲導犬たちは、どう感じていると思いますか?

山本ありさ氏(以下敬称略):実際に犬たちがどう感じているかを正確に知ることはできませんし、「かわいそう」か「かわいそうでないか」という主観的なところは何とも言えないのが正直なところです。ただ自信をもって言えるのは、「かわいそう」な状況の基になるようなもの、例えば何かを我慢させるといったことなどは、一切させていません。それは、はっきりとお伝えできます。

----:獣医動物行動学の先生に動物の行動診療について聞いたことがあります。例えば動物園で見られるストレス性障害(常同障害)の治療では、ただ餌を与えるのではなく「環境エンリッチメント*」を導入することで解消する場合があると聞きました。苦労しながら工夫して食べ物をとる、つまり「仕事」をさせることで、ストレス解消につながるそうです。人間もそうですが、犬も、ただ生きているだけでは逆に「かわいそう」な気がします。

「仕事」を楽しむ大切さ

山本:盲導犬にとっては、仕事はゲームみたいなものだと思います。私たちは、犬がそう思えるように教えています。それから、人間、特に日本人の場合、「仕事イコール辛い」といったイメージが強いのかも知れません(笑)盲導犬にとっての仕事は、それとは違うんじゃないかなとも思います。

盲導犬が活動している様子を直接ご覧になっていただくと分かります。仕事中も顔を見上げたり、尻尾を振ったり、「構ってよ」という表情を見せたりしています。実は、まっすぐ前だけ向いて、まじめに歩いているわけではないんです(笑))それから、ユーザーに何か用事があって待っている時の様子を見ると、「ユーザーの事が大好きなんだな~」というのが理解できますよ。

----:そんなメッセージで、テレビCMも放送されていますね。

山本:ACジャパンのCMに込めた思いは、動物福祉に則って盲導犬育成をしていることと、街中で「かわいそう」と言われるユーザーの気持ちを考えてほしいということです。ユーザーのみなさんは、盲導犬を本当に大切に思い、一緒に遊んだりもしながらお世話をしています。そうして築いた信頼関係、絆をもった「ふたり」がお出かけしている時に、周りから言われる「かわいそう」という言葉はユーザーの方々をすごく傷つけます。「私、この子にかわいそうなことをしているのかな?」と、辛い思いで自問自答することもあるそうです。

誰かを誰かの犠牲にはしない

----:色々なご苦労がありそうですね。でも、そうした壁を乗り越えながら、皆さんがこのお仕事を続けておられるのはなぜですか? 言い換えると、日本盲導犬協会はなぜ活動を続けておられるのですか?

山本:私たちが使命として掲げているのは、「目の見えない人、目の見えにくい人が、行きたい時に、行きたい場所へ行くことができるように、安全で快適な盲導犬との歩行を提供する」ことです。もちろん盲導犬の育成に取り組んでいますが、それは、そうした方々のリハビリテーションの一環です。目の見えない方、見えにくい方が、外出する。社会参加をして、自立する。その一助になることを目的に活動しています。

目の見えない方、見えにくい方だけでなく、誰もが行きたい時に行きたい場所に行けるような、そんな社会になればいいなと思っています。そして、それに向かう過程では、犬を含めて誰かが誰かの犠牲になるようなことがあってはならないと思います。

社会が変われば障害はなくなる

----:そんな日本盲導犬協会が考える、理想の社会はどのようなものですか?

山本:今は、例えば車いすの方はお店の前に階段があると、そのお店に入れないという現象が生じます。一般的には、歩けないことや車いすに乗っていることが「障害」と認識されていますよね。そうした考え方を、「障害の個人モデル」と呼びます。歩けないとか、見えないとか、聞こえないといったことが「障害」と捉えられます。

一方、「障害の社会モデル」という考え方があります。そこに階段があることが問題(=障害)と捉えます。階段ではなく、スロープならば車いすでもお店に入ることができます。歩けないことが障害なのではなく、そこが階段なのが障害だという考えです。

目の見えない方、見えにくい方の生活も、盲導犬の同伴も、社会がそれに対応できていれば障害ではなくなります。めざす理想の社会としては、「社会モデル」の考え方が浸透し、障害がなくなることです。

----:人間の身体の「障害」は、そこに社会的なバリアがあるから障害なのであって、それがなくなれば、「障害」ではなくなるということですね?

山本:そうです! それ(社会的バリア)がなくなれば、実は障害ではないんです。目が見えない方、見えにくい方の場合、書類を読むことは難しいです。でも、(同じ情報を)音声で提供すれば障害とは感じないわけです。書いた物しか用意されていないから、障害になってしまうのです。最近、世界中で叫ばれている「多様性」(ダイバーシティ)にもつながりますが、社会のそういったところが変わっていくと、みんなが生活しやすい世の中になると思います。

----:盲導犬の基本的なお話から、社会福祉や多様化まで、色々なお話をありがとうございました。

山本:盲導犬について興味を持っていただき、ありがとうございます。盲導犬をきっかけに、目の見えない・見えにくい方のことについても、多くの方に理解していただければと思います。

動物と人間の幸せに向き合う人たちに共通するもの

「働く犬」の紹介として始まった盲導犬に関するシリーズだが、社会福祉や多様化など、非常に広がりのある話を聞くことができた日本盲導犬協会へのインタビューだった。同協会が発行しているパンフレットには、こんな言葉がある。「人も犬も笑顔で過ごせるハッピーライフ」。

これまでシリーズで紹介してきた日本介助犬協会も「人にも動物にもやさしく楽しい社会をめざして」をモットーに活動している(参考記事)。競走馬を引退した馬の保護やキャリアチェンジに取り組んでいる引退馬協会は、「人にも馬にもいい幸せを」と、人間だけでなく、馬だけでもなく、双方が支え合って「ハッピーライフ」を創るサポートをしたいと語っている(参考記事)。

取材の機会に恵まれたこの3団体が、共通するスタンスで活動しているのは非常に興味深い。山本氏が言うように、誰かが幸せになるために誰かが犠牲になってはならない。皆が幸せになる方法は必ずあるはずだ。これらの団体が共通する方向性をもっているのは、偶然ではないような気がする。命ある動物と日々真剣に向き合っている人々には、そういったことの大切さ、尊さがよく見えているのだろうと思う。

山本ありさ:公益財団法人日本盲導犬協会・神奈川訓練センター、広報コミュニケーション部 普及推進担当
小学生の頃に「盲導犬クイールの一生」という本を読んだことをきっかけに盲導犬に興味を持つ。高校卒業とともに盲導犬訓練士を目指し、日本盲導犬協会付設盲導犬訓練士学校へ入学。在学中に普及推進活動に触れ、盲導犬ユーザーと盲導犬にとってより暮らしやすい社会作りに大切な活動であることを感じ現職を希望。現在はコロナ禍の影響もあり、SNSなどを活用した普及推進活動の可能性を模索しながら啓発活動を行う。

* 「動物種に固有の行動を発現しやすくなるような刺激、構造物および資源を提供する」(公益財団法人日本実験動物協会)ことで動物の幸福や健康を確保する考え方。犬の場合、例えば食物を隠しておいて匂いで探す行動を促すような手法を訓練に活かす場合がある

《石川徹》

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