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犬と猫の輸血治療はどのように行われるのか?…ドナーの確保が重要[インタビュー]

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  • 苅谷動物病院グループ 市川総合病院・長島友美 副院長
  • 苅谷動物病院グループ 市川総合病院

SNS上で「供血犬(猫)を探しています」といった、飼い主からの投稿を見ることが多い。病気やケガの治療に、輸血が必要ということだろう。人間の場合は輸血が必要であれば、通常は病院で問題なく受けられる。しかし、動物の場合は事情が異なるようだ。

東京都と千葉県で5か所の動物病院を運営する苅谷動物病院グループは、犬と猫の輸血治療に古くから積極的に取り組んでいる。同グループで輸血治療の中心的役割を担っている市川総合病院の長島友美 副院長に、ペットの献血・輸血について聞いた。

効果と安全性に優れた「成分輸血」

----:まず、犬や猫への輸血は人間とは異なるのでしょうか? 人間では、採血した血液をそのまま輸血する「全血」ではなく、必要な成分だけの「成分輸血」が主流と聞きます。犬や猫の場合は?

長島友美 副院長(以下、敬称略):当院で行うのも成分輸血です。ケガや病気で出血したり、血液中の成分が不足したりした場合、必要な成分を必要な量補充する治療です。その際に使用する「赤血球製剤」や「血漿(けっしょう)製剤」は、ドナー(供血犬や供血猫)に献血していただいた血液を分離してつくります。

----:血液をそのまま使わないのはなぜですか?

長島:血液には(治療に)不要な成分もたくさん含まれます。そうした物質に対する副反応(=拒絶反応)のリスクを避けるため、必要なものだけを使用します。また、分離することで1頭分の血液が2頭(以上)に使えるというメリットもあります。緊急の場合は献血していただいた血液をそのまま輸血することもありますが、基本的には必要な成分だけを使います。

----:苅谷動物病院のウェブサイトには、輸血治療が適応となる疾患がいくつか書かれています。病気によって異なると思いますが、輸血治療というのは、どんな仕組みなのですか?

長島:腹腔内出血や外傷による出血などの場合は、単純に血液を補う治療です。そのほか、ホームページにある「血液凝固異常」というのは、出血が止まらない病気です。生まれつきのこともありますし、免疫異常を起こして後天的に発症するケースもあります。血を止める成分である血小板と凝固因子が不足するので、その成分を輸血で補います。

悪性腫瘍の場合、慢性的な炎症が貧血を引き起こすことがあります。また、造血ホルモンを出している腎臓が病気になると、このホルモンの分泌不足によっても貧血になることがあります。貧血の場合も、必要な成分である赤血球を補う輸血治療を行います。そのほか、骨髄は赤血球や白血球、血小板を作るので、病気によってそれらが不足した場合も同様で、必要なものを補います。

血液治療はあくまでも補助療法

----:多岐にわたって効果のある治療なのですね。

長島:ただ、輸血治療はあくまでも補助療法です。貧血や出血など(その症状を引き起こしている)、基になる病気の治療を並行して行うことが必要です。

----:例えば出血が止まらない時には止めるために輸血を行う。でも、血が止まらない症状を引き起こしている根本原因があるわけで、それを治療する必要があるのですね。腫瘍や腎臓病、骨髄疾患なども同じで、病気によって生じている血液の問題を、足りない成分を補うことで一時的に解消するわけですね?

長島:そうです。例えば腫瘍に対しては手術や抗がん剤で治療を行います。輸血治療はその過程で必要な場合に行う、補助療法という位置づけです。メインの治療をしなければ、血液(製剤)を入れても消費されるだけで根本的な解決につながりません。血液には限りがありますので、(一時的に)命を繋ぐためだけの輸血治療はなかなか難しいですね。

適応が難しい免疫異常の疾患

----:輸血治療の難しさは何でしょうか?

長島:最近は免疫異常による貧血が増えています。免疫異常を起こしていると、適合する血液が見つからないケースがあります。その場合は輸血ができないので、命を落としてしまうことがあります。

----:免疫異常による貧血、ということについて少し教えてください。免疫は、ウイルスなどの病原体を異物として認識し、退治することで病気にならないようにする機能ですよね?

長島:通常、免疫は自分の身体は攻撃しません。でも、免疫異常を起こすと自身の組織も破壊してしまいます。このときに赤血球が攻撃されると貧血になります。自分の赤血球をどんどん壊してしまう状態です。そうした状況では、輸血で入れた赤血球も攻撃してしまいます。副反応だけが生じ、病状を悪化させるリスクが高いので輸血できない場合があります。 

犬と猫にもある血液型

----:血液治療も万能ではないわけですね。血液の適合というお話が出ました。基本的な質問ですが、犬や猫にも血液型はあるのですか?

長島:あります。細かく分けるとたくさんありますが、犬の場合は「DEA1の1」というのがあります。輸血治療の場合、このDEA1.1がプラスかマイナスかというのが一番重要です。猫には、A、BとAB型があります。

----:人間と同じように、同じ血液型のものを輸血するわけですか?

長島:基本的には同じ血液型を輸血します。ただ、DEA1.1の「マイナス」は、「プラス」の血液型の犬にも輸血できます。プラスとマイナスは、血液の中に抗体があるかないかを意味します。「マイナス」には抗体がないので、(拒絶反応が起こらないため)プラスの犬にも輸血することができます。猫の場合は90%以上がA型で、B型は純血種に多い傾向があります。当院ではB型のドナーも確保して、必要な時は治療できる体制を整えています。

確保が難しいペットの血液

----:SNSで犬や猫の飼い主による「供血してくだい」という投稿をよく見ます。輸血用血液は不足しているのですか?

長島友美副院長(以下、敬称略):そうですね。当院もホームページでも献血を呼びかけていますが、それを見て問い合わせてくださる方はほとんどいらっしゃいません。献血できる年齢も、8歳の誕生日を迎えるまでまでとしていますので対象はぐっと少なくなりますね。また、ドナーとして登録してくれていても、引退するドナーもいます。当院では、(健康診断などに)通院されている健康な動物の飼い主さんに呼びかけるようにしています。常に確保に努めないと、不足してしまいます。

----:犬の場合は体重10kg以上、猫は3.5kg以上が供血できる条件になっています。これは、体が小さいとたくさん採血できないからですか?

長島:小型犬でも安全な量だけを採血するのは可能ですが、同じような小型犬に輸血するとしても必要な量には足りません。ドナーの数が増えれば、それだけ抗体ができてしまう(=いわゆる「拒絶反応」が起こる)リスクも増えます。それをできるだけ防ぐためには1頭からの輸血が必要です。例えば腹腔内出血は大型犬に多いので、小型犬のドナーで血液を補うためには5頭~6頭必要になってしまいます。

献血の条件と保存が課題

----:(人間の)臓器移植で聞くような「拒絶反応」は輸血でも起こり得るのですね。リスクをできるだけ避けるため、1頭の血でまかなうように体重の基準が設けられているということですね。ところで、人間の場合は血液バンクがあり、基本的には必要な場合は血液が届きます。動物の場合、血液バンクがないのはなぜですか?

長島:病院が呼びかけても、なかなか申し出がありません。一方、最近ではSNSがすごく普及していることもあり、オーナー様がお願いすると反応があるようです。ですが、「助けたい」という純粋な気持ちで来ていただいても献血できない、といったケースも少なくありません。献血採血するためには(薬を投与して)鎮静をかける必要があります。体重だけでなく、年齢や(ノミ・ダニやフィラリアなど)予防の条件なども満たす必要があります。様々な条件が確保の難しさにつながっていると思います。

また、保存の問題もあります。分離した血漿製剤は冷凍できるので、「新鮮凍結血漿」は1年間有効です。でも、赤血球製剤は有効期限が3週間なので、保存期間が短いことも供給が難しい要因だと思います。

----:一般論として、供血犬・猫が見つからず亡くなるケースはあるでしょうか?

長島:あるとは思います。ただ、最近は輸血治療を頑張っている病院さんも少しずつ増えています。インターネットの普及で、オーナーさん同士のネットワークを通して当院を紹介され、連れて来られるオーナー様もいらっしゃいます。また当院では、状況によっては緊急献血をドナーさんにお願いして対応することもあります。ですので、「輸血さえできていたら助かったのに」というケースは少ないですが、一般的にはあるかもしれません。

献血は安全を十分に確認した上で

----:供血することにリスクはないのですか?

長島:ドナーが(献血しても)安全であることを確認するため、血液検査、尿検査、感染症検査を行い必要な項目は全て調べます。長くドナーを続けていただくためには、その子が健康であるというのが大前提です。無理に献血をして体調を崩してしまうと、ドナーに負担がかかります。オーナー様も、続けるのを躊躇するでしょう。ドナーの安全には十分な注意を払い、体調が悪いときは無理せず延期します。「献血しに行って、元気に帰って来た」という印象を持っていただくことが、長く続けてもうためにも大切です。

----:ほかのワンちゃんの命を救うお手伝いをしながら、ついでに愛犬の健康チェックもできるというのは飼い主にもありがたいかもしれませんね。

長島:それもありますね。でも、長く続けていただいている方は、ボランティア精神をお持ちのオーナー様が多いです。あえて言えば、「ついでに健康診断もできるから」というイメージでしょうか。

----:供血犬の募集に関する取り組みは?

長島:ホームページなどインターネット関連での呼びかけは続けています。あと、院内にはポスターを掲示しています。犬や猫に献血や輸血が必要なこと自体を知らない方もたくさんいらっしゃいます。まず知っていただくことが大切です。その他、ドナーをお願いできそうな(犬や猫の)オーナー様にはスタッフがお声がけしたり、パンフレットをお渡ししたりしています。今は新型コロナの影響で一時休止していますが、血液型(検査)キャンペーンも行っています。

----:それは面白いですね。「ウチの子、血液型は何型だろう?」と思う飼い主さんは多いと思います。献血や輸血治療を知るきっかけにもなりそうですね。そうした輸血治療ですが、こちらで診ていただいていなかった場合でも可能ですか? 先ほどのお話のように、根本的な病気の治療を行い、それと並行して対処療法として輸血治療を行うという形になると思いますが。

長島:はい、もちろんです。

----:近所の動物病院でお世話になっていたけれど、輸血が必要な病気が分かった場合、こちらに転院して治療していただけるということですね?

長島:はい、大丈夫です。実際に、近隣の動物病院さんから紹介されることはよくあります。

----:安心しました。どうもありがとうございました。

長島:ありがとうございました。

苅谷動物病院グループ 市川総合病院・長島友美 副院長苅谷動物病院グループ 市川総合病院・長島友美 副院長


ペットが若くて健康な場合はあまり縁がないが、犬や猫も輸血が必要になる場合がある。獣医療が進歩したおかげで、成分輸血など効果的でリスクの少ない輸血治療が可能なのは安心だ。その一方で、血液バンクが存在しないため血液の確保は人間よりも難しく、課題もある。

苅谷動物病院グループで輸血治療を受ける犬と猫は、年間およそ180頭にのぼるという。決して稀なケースではなく、「我が子」がそうした病気にかかるリスクはゼロではない。あらかじめ輸血治療が可能な最寄りの動物病院を調べておけば、もしもの場合に慌てなくて済むだろう。大切な家族の一員であるペットの健康は、私たち飼い主の心がけ次第だ。少しでも長く健康で快適な時間を過ごせるよう、日頃から準備しておきたい。

長島友美:獣医師、苅谷動物病院グループ 市川総合病院・副院長
輸血治療を広く知ってもらい、もっと安全に、もっと簡単に受けられるような環境づくりに貢献したいと語る。愛犬家で、以前はオーストラリアンシェパードと暮らしていた。日本獣医輸血研究会所属。
《石川徹》

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