動物のリアルを伝えるWebメディア

【“命の商品化”を考える vol.19】世界的にも恥ずかしくない動物福祉の実現に向けて…「数値規制」正式決定

イメージ
  • イメージ
  • イメージ
  • イメージ

「動物の愛護及び管理に関する法律等の一部を改正する法律(以下、動物愛護法)」に関連して設けられた「飼養管理基準」が今年の6月1日から施行される。俗に「数値規制」と呼ばれるこの環境省令について、その内容と課題について本シリーズvol.17、vol.18の2回にわたって紹介してきた。今回は、より長期的視野に立って、動物愛護法に対する提言をしたい。

当然のことながら、動物愛護という視点からは批判もある経過措置だが、「現実」を考慮して環境省なりにバランスをとった方針とは言えるだろう。現段階では一定の評価をしたい。しかしながら、今回の数値規制にはまったく織り込まれていない項目も多い。過去の発言から、そうした問題を環境省は認識しているはずだ。残念ながら、「積み残し」とも言える点に関しては昨年の秋から一切進歩が見られなかった。

数値規制で触れられていないオスの扱いと帝王切開の回数

オスの場合は繁殖年齢や交配回数の上限には触れられておらず、死ぬまで繁殖犬として使用される可能性は排除できない。帝王切開に関しては、獣医師による適不適の判断を受けることが義務化された。だが、母体にかかる大きな負担は否定できず、帝王切開に関しても回数の上限を設けるなど、さらなる配慮が必要との声も聞かれる。

極端な形質を遺伝させる繁殖方法が与える苦しみ

また、特定の品種に頻発する健康上の問題などブリーディングへの対策にもまったく進歩が見られない。フレンチブルドッグなどは、子犬の頭部が大きすぎるためほとんどのケースで帝王切開による出産が必要となる。これは、人間が「品種改良」の名のもとに作り出した弊害である。また、パグやボストンテリアなど、そのほか多くの短頭種と同様、成長に伴い呼吸器系の疾患に苦しむ傾向は世界的にも問題とされている。動物福祉の観点から、オランダではマズルの低すぎる個体を繁殖に使用することが昨年違法とされた(参考記事)。

無秩序な繁殖による遺伝性疾患の蔓延

それ以外にも、無秩序な繁殖によって様々な遺伝的疾患が蔓延している現状がある。その愛らしい姿で人気のある猫のスコティッシュフォールドは、特徴的な折れ耳の原因である軟骨形成の異常によって関節の形成異常が起こり歩行困難や痛みを生じる傾向にあることがわかっている。

イメージイメージ

日本では犬種別の飼育頭数で近年常に1位と2位にランクするトイプードルやチワワの場合、膝のお皿がずれてしまう膝蓋骨脱臼(一般にパテラとして知られている)がいわば「デフォルト」化している。年齢と共に進行し、強い痛みを伴なったり歩行が困難になったりするケースが多く、症状が現れた場合には外科手術が必要になることも少なくない。

イメージイメージ

埼玉県獣医師会のウェブサイトにも、「日本は世界でも突出して犬の遺伝性疾患が多い国と言われております。その原因としては、映画やテレビなどのマスメディアの影響を受けて特定の犬種に人気が集中し、その需要によって無秩序な生産(繁殖)が横行していることが指摘されています。」という記述がある。

最近では、アメリカやイギリスでフレンチブルドッグの人気が急上昇し、無秩序な繁殖による健康状態の悪い個体の増加が懸念されている(参考記事)。これも、いわゆるセレブリティの影響が強いと言われており、日本独自の傾向ではなさそうだ。いずれにしても、人間の都合による無秩序な繁殖が動物の福祉低下につながっていることは間違いないだろう。

遺伝性疾患の解消には、大規模な対策が必須

検査が可能な一部の遺伝性疾患については、遺伝子検査を行うペットショップや繁殖業者が現れるようになった。とは言え、いまだにごく一部の個体の一部の疾患にとどまるとともに、マーケティング上の施策という面もある。もちろん遺伝性疾患の減少に向けた大切な進歩ではあるが、大規模な改善につなげるためには法律の定めによる徹底した管理が不可欠だろう。

こうした品種「改良」や遺伝性疾患といった繁殖の問題については、「国民的な議論を進めていくことが必要である」との具体性に乏しい表現が続くのみだ。

犬猫以外の動物愛護もこれから

本シリーズのvol.15で紹介したように、「犬猫以外の哺乳類、鳥類及び爬虫類に係る基準についても、今後検討を進める」とされたままである。愛玩動物だけでなく、動物園などで飼育される展示動物、実験用動物や家畜などについても、動物福祉を考える必要はあるだろう。また、犬猫以外の愛玩動物に関しても昨年の秋から変化は見られなかった。

繰り返しになるが、今回公布された数値規制の主な目的は「悪質な事業者を排除するために、事業者に対して自治体がレッドカードを出しやすい明確な基準」を作ることが目的とされている。劣悪な環境で動物を飼育する事業者を排除するための最低限の仕組みとして、第一歩を踏み出したことの評価はできる。「ペット」として飼育されることの多い犬と猫に絞ったことも理解できる。しかし、今回の環境省令だけで、理想的な世界を作り出すことはできないだろう。

積み残しの課題解決と飼い主に対する啓発の重要性

今後は、犬猫以外の愛玩動物、さらには展示、実験、畜産動物への配慮も期待される。また、繁殖に関しても品種の健全性や個体の健康面を科学的に担保する仕組みが必要だろう。同時に、繁殖業者やペットショップ、競りあっせん業者など、ペット業界が自発的に環境改善に取り組むことも期待したい。

問題は、立法や行政、ペット業界にとどまらない。多頭飼育崩壊や安易な飼育放棄なども社会問題化している。動物取扱業者だけでなく、一般の飼い主に対しても何らかの枠組みが必要ではないだろうか。生き物に対する意識の向上に加え、適切な繁殖業者やペットショップを見極めるための啓発、動物とのコミュニケーション(いわゆる「しつけ」など)に関する基本的な手法の学習など、「命あるもの」を迎えるにあたり必要な準備は少なくない。

動物取扱業界はもちろん、一般の飼い主も先進国として恥ずかしくない知識水準とモラルを担保するためのしくみを整えるのも、「動物の愛護及び管理に関する法律」の役割ではないだろうか。

《石川徹》

特集

編集部おすすめの記事

特集

page top