前回は、引退馬協会設立の経緯と、そこに至るまでの沼田恭子代表理事の思いを紹介した。インタビュー第2回目の今回は、引退馬支援の難しさについて聞いた。
輝かしい経歴を持った馬でも、「いらない」とされる現実
----:引退馬といえは、「ナイスネイチャ」の誕生日を記念した募金「バースデードネーション」が話題になりましたね(参考記事)。有馬記念*で3年連続3着に入り、「ブロンズ(= 銅メダル)コレクター」と呼ばれて人気のあった馬ですね。やはり、基本的には中央競馬で活躍した馬を引き取ることが多いのでしょうか?
沼田恭子代表理事(以下、敬称略):確かに、最近は活躍した馬を「フォスターホース**」にするケースは多いです。でも、それは、誰もやらないからなんです…。活躍した馬は種牡馬(=いわゆる種馬)になる場合があります。でも、種牡馬としても引退することになった時に、行き場がない子があちこちにいます。そういう馬たちの引き取り先がないので、引退馬協会が出て行くことになるんです。
----:種馬であれば現役時代は大活躍した、いわばスターだと思います。子どもに優秀な馬がいても「サードキャリア」は見つからないのですか?
沼田:馬の場合、用途が変わってしまうと「いらない」となる現実があります。競走馬は速く走れなくなったらいらない。優秀な成績を残して種牡馬になっても、いい子を出さなければいらない。子供を何頭か生んだお母さん馬も、子どもたちが走らなかったら若くてもいらない…。
ただ、重賞***を勝った馬には、JRAから補助金が出ます。すべてをまかなえる額ではありませんが、あと少し手助けがあれば生きられるとなれば、「何とかしたい」と思うんです。有名な元競走馬が比較的多いのは、そういった背景です。
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馬主、厩務員、調教師など関係者の姿勢と、徐々に高まる意識
----:競走馬にはそれぞれ馬主さんがいらっしゃいますが、精神的なつながりはないのでしょうか?
沼田:そこはよくわかりません。でも、馬主さんと馬の間には距離があって、(犬や猫のようには)気持ちは寄せられないと聞いたことはあります。もちろん、引退馬のサポートをしている馬主さんも中にはいらっしゃいますよ。
----:厩務員さんや調教師さんの方が、精神的にも馬たちに近いのかも知れませんね。
沼田:そうかも知れません。生産牧場では、お母さんのお腹の中にいる頃から見ているわけですから、馬への思いはあると思います。ただ、みなさん、そこ(引退後の行方)は「追いかけない」という(暗黙の)ルールがあるようです。調教師さんも厩務員さんも、そのルールの中で仕事をしていると思います。どんなに可愛くても、気持ちは寄せられないという感じなんだと思います。
----:関係者の皆さんは、あえて考えないようにせざるを得ない事情があるのかも知れませんね。仕事として割り切らないと…。
沼田:ただ、JRAが引退馬の養老余生を担う牧場に成金交付を始めたように、少しずつ意識が変わってきたのを感じます。(引退馬協会を)始めた頃は、「引退馬って何?」という感じで(競馬業界では)口に出すのもタブーな雰囲気を感じました。でも、ここ3~4年で引退馬という言葉が認知されるようになり、状況も変わってきているのを感じます。
再訓練と譲渡先選定の難しさ
----:そうした環境で30年以上活動されてきたわけですが、ご苦労は多かったでしょうね。
沼田:たくさんの馬をサポートできるわけではないので、じれったいと思うことはあります。引退馬協会は、「最後まで責任をもって世話をする」というのが大前提です。当初は(コストなどの問題もあり、頭数が)増えていくことに大きな不安も感じていました。ゆっくりではありましたが、やり方・形はできたので、これを少しずつ広げていきます。
----:現在は、何頭くらいをサポートしているのですか?
沼田:見守りしているのは95頭です。直接繋養している馬に加え、協会から譲渡した馬、再就職支援をした馬、騎馬隊の退役馬がいます。それから、東日本大震災後に福島県の相馬でレスキューした被災馬も見守りしています。そうした馬たちは継続して見守り、何かあればサポートします。
----:引退馬のサポートで一番難しいのはどんなことでしょうか?
沼田:色々ありますが、再就職支援プログラムでしょうか。トレーニングと適切な行き先を見つけるのは簡単ではありません。
馬たちが競馬を終えた後、別の仕事をするためには再訓練が必要です。日本の競争馬たちは能力が高く、世界的にもトップレベルです。ただ、全力疾走するようにトレーニングされているので、例えば乗馬の相棒になるように再訓練するには時間がかかります。サラブレッドは走るために作られた馬ですから、じっとしていることが苦手です。そのままでは危険な場合もあります。そうしたサラブレッドの難しさに、敢えて挑戦しなくてはいけないのが再訓練です。
----:馬だからといって、すぐに乗馬や馬術競技の相棒になってもらえるわけではないのですね?
沼田:乗馬の仕事をするためには、しばらく止まっていたり、ゆっくり歩いたり、右や左に曲がったりと、それまでとは全く違うことを覚える必要があります。駆け足も、疾走するのではなくゆっくり走ることを教えられます。当然、馬たちは混乱するだろうと思います。
----:そうした難しい再トレーニングをしても、譲渡先は見つかりづらいのですか?
沼田:再就職支援プログラムを終了しても、適切な譲渡先が決まらず待っている馬が今も何頭かいます。どこでも良ければ行き先はあると思いますが…。私たちは、必ず現場を見に行ってじっくりお話をします。馬をどう扱っているか、まちがいなく終生繋養してくれそうかなど、慎重に検討します。
それから、プログラムでは3~6か月かけて再訓練しますが、それで完全に仕上がるわけではないんです。譲渡先でも、色々なことができるように積み重ねていく必要があります。そういった様々な要因があり、譲渡先を見つけるのも簡単ではありません。
----:譲渡先は、やはり乗馬クラブが多いのですか?
沼田:今のところはそうです。行き先が見つかりづらいのは、引退馬の仕事の少なさも原因の1つだと思います。乗馬だけでなく、もっと別の道があっていいんじゃないかと思います。
----:そういった意味では、前回お話の出たセラピーホースなどは今後期待ができそうですね。
沼田:そうですね。
中央競馬で活躍した輝かしい経歴の馬でさえも、「その後」の道を見つけるのは難しい。困難な環境の中、難しい再調教や最期まで丁寧に扱ってくれる譲渡先の選定など、難しい取り組みを続けている引退馬協会。次回は、そんな引退馬協会が考える今後について聞く。
* 有馬記念:千葉県の中山競馬場で開催されるレースでJRA/日本中央競馬会主催のいわゆる「中央競馬」の中でも最もグレードの高いものの1つ
** フォスターホース:引退馬協会の共同里親制度でサポートを受ける馬
*** 重賞:中央競馬の「特別レース」のうち、特に賞金が高く一流馬の出走するもの