これまでペットの「問題行動」について、2回にわたって東京大学・獣医動物行動学研究室の竹内ゆかり教授にお話をうかがいました。最後に、一般の飼い主さんが知っておくと役に立ちそうなポイントについて、アドバイスをいただきました。
vol.1 獣医動物行動学とは?…犬や猫の「問題行動」を獣医学的に診断・治療
vol.2 受診する飼い主の悩みは攻撃行動や常同障害、トイレ問題など
飼い主が気をつけたいのは「関係性の構築と自分のペットを知る」こと
----:これも、一概には言えないと思いますが、一般の飼い主がペットと向き合う上でのアドバイスをいただけますか?
武内ゆかり教授(以下敬称略):新しい犬を迎えたばかりの際は、飼い主さんとの間に絆ができあがるまでに時間が必要です。そんな段階では、「マズルコントロール」*や服従姿勢(あお向け)の強要は避けた方が良いと思います。それから、しつけをする際には体罰を与えるべきではありません。
* マズルコントロール:母犬が子犬のマズルを噛んで指導するところから、人間が子犬のマズルを掴んで飼い主が上位であることを教え、吠えや噛みなどのクセを修正するという考え方。やり方や始めるタイミング、効果などに関しては様々な意見がある
----:まずは飼い主が動物との間に信頼関係を築くことが必要なのは、人間同士の関係においても同じですね。
武内:そうですね。その上で、愛犬が見せる不安の表情や行動を意識して学んで欲しいと思います。よく言われる「ストレスサイン」も個体によって違う場合があります。前後の状況などから、その犬にとっての正常な行動とストレスサインとの違いを見極めることも大切です。
----:ストレスサインと言うのは、あくびをしたり鼻をペロペロなめたり、犬がストレス下で平静を保とうとする行動ですね。「明らかにこの子にとってのストレスサイン」、というのも次第に分かってくると思いますが、そうした場合はどうしたらよいですか?
武内:ストレスサインを出した後で、「ケロッ」としていれば自分で解消できているわけで、問題はないと思います。人間が過剰反応してしまうと、それが余計なストレスになって悪化するリスクもあるので見守ることも大切です。ただし、掃除機の音をすごく怖がるとか、余りにもストレスが強すぎると思われる場合にはその要因を回避させたり、少しずつ慣らすようにしてあげたりといったサポートが必要ですね。
「早期診断・早期治療」の重要性は他の病気と同じ
----:一般の飼い主には、そうした判断がつかない場合もあると思います。また、「手に負えない」というケースでは専門家の診断も必要ですね。
武内:問題行動の原因には大きく分けて「環境要因」と「遺伝要因」の2つがあります。遺伝要因というのは、その動物の持って生まれた特性ですね。環境要因は飼い主さんの飼い方や対応などを含め、その動物が生活している環境です。その割合は、それぞれ違うので簡単には分からない場合があります。
いずれにしても、他の病気と同様に「早期診断・早期治療」によって悪化を早めに止めることが大切です。「うちの犬、何か他の子と違うな。おかしいな」と思ったら、早めに獣医さんに相談してください。
例えば東大で診ることの多い柴犬の常同障害は、飼い主さんも疲弊します。子犬時代から症状が出る場合が多いので、「クルクル回って可愛い」と見るのではなく、早めに診断を受けることをおすすめします。それから、飼い主さんが「自分が原因かも知れない」と感じた場合も同様に、獣医さんが相談に乗ってくれると思います。
----:行動診療を行っている動物病院というのは多いのでしょうか?
武内:残念ながら日本では歴史が浅いためにまだそれほど多くはありません。私が会長を務めている日本獣医動物行動学研究会には、2021年1月現在で、11名の行動診療科認定医がいます。
これから新たな資格制度を導入する予定ですので、近くの動物病院で相談できるようになる日もそう遠くはないと思います。ペットとの関係性や行動に問題を感じている飼い主さんは、相談してみてください。動物と飼い主さんのストレスを軽減するためのサポートをしてくれると思います。
---:本日はありがとうございました。
日本獣医動物行動学研究会では資格制度を導入(http://vbm.jp/syokai/)
長くて密接な人間と動物との付き合い
人間と犬との付き合いは長く、農耕が始まった1万年以上前には共に生活していた痕跡が見つかっているそうです。縄文時代の遺跡から犬の骨が見つかるらしく、日本でも1万年を超える歴史があるようです。少し前には庭に置かれた「犬小屋」の脇に繋がれているのが一般的だった犬たちが、今では「共に暮らす家族」の一員となりました。放し飼いが普通だった猫も完全室内飼育が推奨され、屋内で生活するケースが増えています。
家族の一員となったことのデメリット?
人間との密接な関係によって生活環境が充実し寿命も延びた一方で、異なる「種」である人間との間でペットが新しいストレスに晒される場面もありそうです。犬、猫が持って生まれた個性と飼い主の性格やペットとの向き合い方によっては、問題行動に発展するケースもあるでしょう。「番犬」として好ましく捉えられることもあった吠えは、マンションや住宅地では迷惑と感じられる場合が多くなっていると思います。飼い主もストレスを感じますが、対処の仕方によっては犬の精神的負担にもなり得ます。
専門医による早期診断・早期治療も重要
そんな場合、一般的にはトレーナーさんによるしつけや訓練が解決策として考えられますが、獣医動物行動学の科学的な診断が効果的に治療につながる場合も多いと思います。また、投薬や外科的治療が必要な疾患が隠れていることもあるそうです。いずれにしても、大切な家族であるペットが幸せに暮らせるか否かは全て私たち飼い主にかかっています。専門医による早期診断・早期治療を選択肢の1つとして知っておくことも、彼ら・彼女らの幸福にとって大切だと思います。
東京大学 大学院農学生命科学研究科・獣医動物行動学研究室 武内ゆかり教授
<プロフィール>
武内ゆかり:東京大学 大学院農学生命科学研究科・獣医動物行動学研究室 教授
国立精神・神経センター神経研究所・研究員を経て1991年から東京大学農学部に所属。2017年より現職。動物の心を理解することで、人間と動物のより良い関係構築に貢献することを目指す。獣医学博士。