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狂犬病ワクチンについて考える vol.10…日本のワクチンメーカーも認める抗体検査の大切さ

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前回は、米ウィスコンシン大学獣医学部名誉教授のロナルド・シュルツ博士らが行った狂犬病ワクチンに関する最新の試験結果を紹介した。3年間有効とされているワクチンの場合、実際は6年近く免疫が持続することが分かった。今回は、同時に実施されたもう1つの試験結果と、過去に日本で行われた調査を紹介する。

再接種試験の結果:6年以上にわたる免疫記憶

子犬時代の6年1ヶ月前に2度目の狂犬病ワクチン接種を受けたグループ(介入群)と、生まれてからワクチンを一度も打っていないグループ(対照群)それぞれ10頭に狂犬病ワクチンを接種した。事前に行った抗体検査では、20頭すべてがWHOの定める抗体価基準である0.5IU(国際単位)/mL(*1)を満たしていなかった。ワクチン接種の14日後も、対照群では基準値を満たした個体が30%にとどまったが、介入群では90%に十分な抗体があることが分かった。

この結果から、狂犬病に対する免疫の獲得には1回のワクチン接種では不十分な場合が多いことが分かる。一方、過去に2度の狂犬病ワクチン接種を受けていれば、抗体価が大幅に低下していても、ほとんどの犬で再接種後に十分な抗体が作られたことも分かった。詳細な分析の上で、シュルツ名誉教授らは狂犬病に対して免疫記憶が認められたとしている。「狂犬病ウイルスに対する抗体は一生持続するとは言えないかも知れない。しかし、過去に(2度)ワクチン接種を受けた犬には、免疫記憶が6年半は持続する根拠となるデータが得られた(筆者訳;カッコ内は筆者による追記)」

8年にわたり行われたランダム化比較試験(RCT)の結果は、以下の3点にまとめられる。
1.狂犬病ワクチンによる免疫は有効期間を超えて長く持続する
2.狂犬病ウイルスに対する免疫において、抗体が重要な役割を担っている
3.狂犬病に対して免疫記憶が機能する

危険な「ノンレスポンダー」

ワクチンには、免疫の持続期間以外にも注意すべき点がある。犬や人間も含め、動物にはワクチンに反応せず抗体が作られない「ノンレスポンダー」が存在する。また、病気治療のために副腎皮質ホルモンなどの投与を受けている場合、ワクチンが機能しないこともある。

この論文では、「定期的なワクチン接種だけに頼る現在の方法では、免疫反応の確認はできずノンレスポンダーやワクチンの失敗を見逃すことになる」(筆者訳)としている。そうしたリスクを避けるためにも、抗体検査による免疫レベルの確認が大切だとシュルツ名誉教授らは主張する。実際、アメリカではきちんとワクチン接種を受けていた犬が、野生動物から狂犬病に感染した例も過去に複数報告されているという。

アメリカと日本の違い

前回紹介したように、日本で使用されている狂犬病ワクチンは北米のものとは添加剤などが異なり、この研究結果が当てはまらない点もあり得る。日本のワクチンには、アメリカで副反応の原因の1つとされるアジュバント(ワクチンの効果を上げる添加剤)は使用されていない。一方、この研究に使用されたものには含まれない「副反応を引き起こすことが知られている」(同論文)有機水銀化合物が保存剤として添加されている。しかしながら、どちらの場合も狂犬病ウイルスを不活化して(=殺して毒性を無くす)体内に入れることで免疫を誘導する仕組みは同じだ。

日本のワクチンメーカーも抗体価で効果を検証

日本でも、狂犬病ワクチンによる免疫の持続に関する研究が過去に行われた。ワクチンメーカー5社/団体によるレポート(*2)が、「日本獣医公衆衛生学会会誌」に掲載されている。この報告書は、「十分な中和抗体を持続させるためには、ワクチンの追加接種が必要である」と結論付けている。これは、十分な中和抗体があることが確認できれば、ワクチンの再接種は不要とも解釈できる。なお、このレポートでは追加接種の要否をすべて抗体価で判断しており、アメリカでの研究結果と同様に抗体検査の有効性が示されていると言える。

1年未満で基準値を下回るケースが1割

このレポートは、「過去に狂犬病ワクチンの接種を受けている個体でも、1年後には10%で中和抗体が25倍(*3)未満に低下する」ことも判明したとしている。1割は予防できていないことになる。予防を徹底するのであれば、機械的なワクチンの定期接種ではなく、ウィスコンシン大学らのチームが提唱するような抗体検査を義務化すべきだろう。

例外のない毎年接種に疑問を感じる結果

一方で、狂犬病ワクチン接種歴が2回以上の個体に限定した調査では、95.5%が再接種の前に十分な抗体をもっていたことも判明した。日本で使用される狂犬病ワクチンの有効期間はすべて1年だが、シュルツ名誉教授らの論文と同様、実際の免疫持続期間はワクチンの添付文書にあるものを超えると考えるのが自然だろう。

異常に高い抗体価に問題は?

2回以上のワクチン接種歴がある犬への再接種後に行った抗体検査では、全頭が基準値を超えたとある。抗体価は最大で4,096倍、幾何平均で750倍とされており基準値の25倍に比べ非常に高い。専門家によれば、中和抗体価が「こんな(高い数字)になるのは、結構すごいこと」と考えられるそうだ。

人間の場合、ワクチンが自分の組織を攻撃する「免疫介在性疾患」の原因となる場合がある。犬と狂犬病ワクチンについての報告はないようだが、過剰接種が健康被害につながる可能性はないのだろうか?いずれにしても、95.5%が十分な抗体をもつことが分かっていながら、機械的に再接種を行う必要はないと考えるのが通常の判断と考える。

日本で行われた研究と合わせ、アメリカで実施された狂犬病ワクチンに関する実験について2回にわたって紹介した。ワクチンの毎年接種だけに頼る狂犬病の予防は、人間への安全性を考えた場合にゼロリスクとは言えない。一方、毎年10頭前後の犬がワクチンとの因果関係を否定できない状況で死亡している(参考記事)。人間の安全と犬の福祉の観点から、より安全で効果的な予防方法を科学的根拠に基づいて議論する必要性があると考える。

次回は、専門家が提言する効果的な狂犬病予防対策を紹介する。


*1 0.5IU(国際単位)/mL:WHOが定める抗体価の基準値。これを超えると、狂犬病に対する免疫があると判断される。日本を含む世界中で採用されており、動物を外国から持ち込む際には基準値を超える証明が求められる。また、人間用の狂犬病ワクチン開発や認証にも使用されている

*2 「国内の狂犬病組織培養不活化ワクチン接種犬の抗体保有状況とワクチン接種後の抗体応答」(2007);株式会社微生物化学研究所ほか

*3中和抗体価が25倍:当該研究で使用された中和抗体測定法では、WHOの定める「RFFIT法での抗体価0.5IU/mL = 中和抗体価25倍」に相当するものとして検証

《石川徹》

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