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狂犬病ワクチンについて考える vol.11.…人間はもちろん、動物たちの命と健康を守るために

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  • 杉浦教授らの論文によれば、迷い込んだ動物が狂犬病を持ち込む確率は36万年に1度(画像はイメージ)
  • コンテナ迷入動物について農水省が注意喚起
  • 全国に配置されている動物検疫所が「水際対策」に尽力
  • コンテナ迷入動物発見時の対策マニュアル(一部)
  • ロシアからの不法上陸犬は事例なし
  • 家庭犬に毎年ワクチンを打ち基準値を大幅に上回る抗体価が本当に必要なのか?(画像はイメージ)

これまで2回にわたり、狂犬病ワクチンに関する最新の獣医学的研究結果を紹介した。人間にも動物にも、より安全で効果的な狂犬病対策は、抗体検査に基づいてワクチン再接種の要否を判断することではないだろうか。

今回は疫学的な視点から、専門家が提案する包括的な狂犬病予防対策の考え方を紹介する。

狂犬病予防法を見直す必要性

繰り返し紹介してきたように、日本の「狂犬病予防法」は第二次世界大戦直後の70年以上前に作られた(参考記事)。法が義務付けている1年に1度の接種は、今でも必要なのだろうか。また、ワクチンさえ打っていれば本当に十分なのだろうか。獣医療が大幅に進歩するとともに、社会環境や他国との交流状況も終戦直後とは大きく変わった。現代に則した狂犬病予防対策について、改めてエビデンスに基づいた再検討が必要と考える。

副反応とノンレスポンダーのリスク

狂犬病ワクチンにも副反応のリスクは確実に存在し、因果関係が否定できない状況で接種後に死亡する犬は年間およそ10頭にのぼる(参考記事)。致死率が100%近い狂犬病を予防することは絶対的に必要で、ワクチン接種を怠ってはならない。だが、接種頻度は必要かつ最低限にとどめることも、愛犬の命と健康を守るために重要なのは間違いない。前回紹介したように、人間社会を確実に守るには抗体検査でノンレスポンダーやワクチンの失敗を発見する必要もある。

OIEが狂犬病対策の不備を指摘

動物のWHO(世界保健機構)ともいえる「国際獣疫事務局(OIE)」の小澤義博名誉顧問は、「世界の野生動物狂犬病の現状と日本の対応策」(*1)と題した提言を行っている。その中で、「多くの先進国では、次第に犬の媒介する狂犬病から野生動物の媒介する狂犬病の対策に代わってきている」としている。「犬用のワクチン接種ばかりを強調しても、(中略)野生動物狂犬病の発生リスクは否定できない」と、日本の予防対策の不備を指摘し、野生動物の監視や、狂犬病にかかった動物が外国から侵入した場合の緊急対応計画を含めた「新たな体制を整えておく」ことの重要性を強調している。

海外から狂犬病が持ち込まれる確率は36万年に1度

1957年に猫1匹が死んで以来、国内での狂犬病発生例はない(海外で感染後に日本に帰国・入国した人間の例を除く)。犬へのワクチン定期接種の必要性は、海外からの迷入動物を介した感染を予防する目的で論じられることがほとんどである。

これについて、東京大学教授の杉浦勝明博士らが行ったリスク評価に関する論文が2020年に発表された(*2)。海外で貨物コンテナに迷い込んだ動物が、日本に狂犬病を持ち込む確率は36万年に1度ということが明らかになったとしている(参考記事)。

迷い込んだ動物が狂犬病を持ち込む確率は36万年に1度杉浦教授らの論文によれば、迷い込んだ動物が狂犬病を持ち込む確率は36万年に1度(画像はイメージ)

同教授らのチームは、シナリオとして考えられる以下の要素を基に、シミュレーションモデルを作成し検証を行った。

1)哺乳動物が母国で狂犬病ウイルスに感染
2)日本向けの貨物コンテナに迷い込む
3)輸送期間中、その環境で生き残り日本に到着
4)コンテナ開梱後に検疫で発見されず逃走する

農林水産省(以下、農水省)の資料(*3)によれば、2020年には22頭の動物がコンテナに迷い込んで外国から日本に上陸している。7頭はすでに死んでいたが、生きていた動物が15頭いたとの記録がある。なお、狂犬病を発症したというニュースはない。

農水省が中心に講じている「水際対策」

非常に稀と考えられる海外からの狂犬病ウイルスの持ち込みだが、あくまで計算上の数字であり現実にゼロリスクだという保証はない。現在はなくなったが、以前はロシアの船舶から不法上陸犬が見つかることがあり、ピーク時には年間20頭にのぼったとされる。

ロシアからの不法上陸犬は事例なしロシアからの不法上陸犬は事例なし

このような迷入動物や不法に持ち込まれる動物については、農水省の動物検疫所が主要な空港や港などと対応策を共有し「水際対策」を徹底している。

全国に配置されている動物検疫所が「水際対策」に尽力全国に配置されている動物検疫所が「水際対策」に尽力

ちなみに、過去10年間の迷入動物の99%は猫で、そのほかはスカンク(1頭)とウサギ(4羽)とされている。

コンテナ迷入動物について農水省が注意喚起コンテナ迷入動物について農水省が注意喚起

数年に1度の予防接種が「適切」

杉浦教授らは「リスクは36万年に1度」という論文発表以前の2018年に、厚生労働省の依頼を受けて狂犬病の侵入防止策に関する提言も行っている(*4)。犬へのワクチン接種については、「広く受け入れられている仮定に反し、家庭犬への定期的なワクチン接種を行わなくても、日本に狂犬病が持ち込まれ、その後、感染拡大につながるリスクは非常に小さいことが明らかになった」(英語原文を筆者が翻訳)としている。国産のワクチンを使用する場合、生まれて初めての接種後1年以内に再接種を行い、それ以降は2~3年というスケジュールが適切であると結論付けている。

海外の法規制

最後に海外の狂犬病予防対策について簡単に触れる。アメリカでの狂犬病ワクチン接種義務に関しては、過去に詳しく紹介した(参考記事)。地域によって、猫やフェレットなども含み対象動物がまちまちなだけでなく、義務の有無や頻度も異なる。そのほかの国では、法的義務がない場合も少なくない。

狂犬病が存在しないと認定した国を「清浄国」と呼ぶ。日本と同様、数少ない清浄国であるイギリスでは、犬や猫へのワクチン接種は義務化されていないとある。オーストラリア、ハワイも同様である。杉浦教授らの論文(2018年)によれば、イギリスは「ワクチン接種に頼ることなく(中略)撲滅に成功」している。

フランスは、歴史的にモロッコなど北アフリカ諸国などとの交流が盛んな国だ。外国からの違法な動物の持ち込みは少なくなく、狂犬病の発生がしばしば認められている。しかしながら、この国でもペットの犬・猫にワクチン接種は義務付けられていない。動物の不法輸入を検疫で厳格に取り締まることで、狂犬病が持ち込まれるリスクを抑える方法を採っているという。

香港では、1950年代と1980年代の2回、中国本土から持ち込まれたとみられる犬を介して狂犬病が発生した。1988年以降は発生例がないが、家庭犬へのワクチン接種が義務付けられている。生後5ヵ月で1度接種させ、その後は3年に1度と決められている。

本シリーズvol.9から3回にわたり狂犬病予防に関する獣医学的な試験結果やレポート、および疫学的提言を紹介した。1年に1度、犬に限定した機械的なワクチン接種のみに頼る現在の予防方法には再考すべき点がある。狂犬病予防法の基となった、終戦直後の社会環境や科学的知見は時代とともに大きく変わった。

家庭犬に毎年ワクチンを打ち基準値を大幅に上回る抗体価が本当に必要なのか?家庭犬に毎年ワクチンを打ち基準値を大幅に上回る抗体価が本当に必要なのか?(画像はイメージ)

より確実に人間の命を守り、同時に犬たちの福祉向上を図るよう、法律は最新のエビデンスに基づいた議論が必要なのではないだろうか。


*1 「世界の野生動物狂犬病の現状と日本の対応策」 (2013):小澤義博
https://www.jstage.jst.go.jp/article/jve/17/2/17_132/_pdf/-char/ja

*2 「国際貨物コンテナ迷入動物により狂犬病が日本に持ち込まれるリスクは36万年に1度」(2019):杉浦勝明ら
https://www.a.u-tokyo.ac.jp/topics/topics_20201110-1.html

*3 「狂犬病の侵入防止対策について」(2021年)農林水産省動物検疫所
https://www.kanzei.or.jp/moji/moji_files/pdfs/book/210506-doubutsukeneki.pdf

*4 「A comparative review of prevention of rabies incursion between Japan and other rabies-free countries or regions(筆者訳:日本と他の狂犬病清浄国・地域間との狂犬病の侵入防止策に関する比較検討)」(2018):杉浦勝明ら

《石川徹》

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