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【獣医療の最前線】獣医動物行動学とは?…犬や猫の「問題行動」を獣医学的に診断・治療[インタビュー]vol.1

【獣医療の最前線】獣医動物行動学とは?…犬や猫の「問題行動」を獣医学的に診断・治療[インタビュー]vol.1
  • 【獣医療の最前線】獣医動物行動学とは?…犬や猫の「問題行動」を獣医学的に診断・治療[インタビュー]vol.1
  • 武内ゆかり東京大学教授
  • 必修科目の「臨床行動学」と「動物行動学」
  • 「問題行動」の定義

犬や猫と暮らしている方の中には、いわゆる「問題行動」に悩む飼い主さんも多いと思います。REANIMALにも時々登場する筆者の愛犬「ひめりんご」は、感情の起伏がとても激しく、しばしば「本気噛み」で家族を流血させることもありました。かかりつけの獣医さんやトレーナーさんなど、経験豊富な専門家の方々にサポートしていただいたおかげで、だいぶ平和に暮らすことができるようになりました。

その道のりで出会ったのが「獣医動物行動学」でした。今回は、その行動学についてご紹介します。同じ様な悩みを抱える飼い主さんにとって、選択肢の1つになればと思います。

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「しつけ」による問題行動の解決

いわゆる問題行動が発生した場合にはドッグトレーナーさんから「しつけ」の方法を学んだり、犬を預けての訓練を依頼したりすることが多いでしょう。そうした場ではほめる・叱るといった伝統的な手法から、「環境エンリッチメント」*や「行動分析学」**などからヒントを得た新しい手法・考え方が導入されている場合もあります。とはいえ、お互い個性を持った生き物である犬・猫と人間との関係性には、全てにおいて正解となり得る絶対的な答えは無いのが現実でしょう。

* 「…動物種に固有の行動を発現しやすくなるような刺激、構造物および資源を提供する」(公益財団法人日本実験動物協会)ことで動物の幸福や健康を確保する考え方。犬の場合、例えば食物を隠しておいて匂いで探す行動を促すような手法を訓練に活かす場合がある

** 「人は、なぜそのように行動するのか、あるいはまた、なぜ行動しないのか。」(一般社団法人日本行動分析学会)を分析する学問。そこからヒントを得て、犬のとる行動の原因を分析し自発的解消に役立てる手法

問題行動への科学的アプローチ

動物の行動に関しては、獣医学的な研究も進んでいます。そこで、「動物行動学」を基に獣医学の観点から問題行動の解決に取り組んでおられる東京大学・獣医動物行動学研究室の武内ゆかり教授にお話をうかがいました。武内先生は、東京大学附属動物医療センター(=東大の動物病院)の「行動診療科」で診察をされている獣医さんでもあります。いわゆる「トレーニング」とは違ったアプローチの存在を知ることも、飼い主と愛犬・愛猫の良好な関係構築のヒントになると思います。

武内ゆかり東京大学教授武内ゆかり東京大学教授

日本における「獣医動物行動学」のはじまり

---:まず、ご専門の動物行動学について教えて下さい。

武内ゆかり教授(以下敬称略):私たちが取り組んでいるのは獣医動物行動学と呼びます。病気や怪我を治療するだけでなく、動物の精神的な健康も獣医学の観点から診断・治療するものです。生き物にとっては精神面も重要で、心身の健康がそろって本当の意味での健康と言えます。そのために、動物行動学を採り入れて問題行動の治療に取り組もうというものです。

---:正直なところ、獣医動物行動学という分野はこれまで聞いたことがなかったのですが、新しい考え方なのですか?

武内:基礎になっているのは「動物行動学」です。この分野は1973年にローレンツ、ティンバーゲン、フリッシュ***という学者がノーベル賞(生理学・医学賞)を受賞したことで注目されるようになりました。日本では主に昆虫を使った「行動生態学」を中心に発展してきました。約20年前に、当時の私の恩師が「獣医師も哺乳類の行動を知るべきだ」という考えで獣医動物行動学を立ち立ち上げたのが始まりです。

*** コンラート・ローレンツ(オーストリア)、ニコラース・ティンバーゲン(オランダ)、カール・リッター・フォン・フリッシュ(ドイツ)

---:やはり、日本では新しい分野なのですね。

武内:そうですね。東京大学では比較的早くから講義が行われていましたが、大学の「コアカリキュラム」に採り入れられて教育が正式に始まったのは2013年で、獣医師国家試験に含まれたのは2014年からです。そういった意味では、まだ10年経っていない新しい診療分野と言えるかも知れません。現在ではすべての獣医学科で「動物行動学」と、問題行動を治療する「臨床行動学」が必修科目になっています。

必修科目の「臨床行動学」と「動物行動学」必修科目の「臨床行動学」と「動物行動学」

動物の問題行動とは、飼い主が問題に感じるかどうか

---:獣医動物行動学で扱う問題行動というのはどのようなものでしょうか?

武内:問題行動とは“異常な行動、社会や飼い主にとって迷惑となる行動、または飼い主の資産や動物自身を傷つける行動”あるいは“飼い主の生活に支障をきたす行動”などと定義づけられています。いずれも飼い主によって問題であると認識された時点で“問題行動”となるわけです。

問題行動は、大きく3つに分けられます。1つめは、異常な行動、つまりその動物が本来持つ行動の範囲を逸脱する場合です。2つめとしては、正常を逸脱しない行動であっても程度や頻度が甚だしい場合です。例えば、食物を食べるのは動物が本来持っている行動ですが、それが過剰だったり逆に全く食べなかったりといったケースなどです。

3つめとしては、頻度や程度がその動物の正常な行動を逸脱しなくても、人間社会と協調できないものは問題行動とされます。飼い主が、「問題あり」と認識した時点で問題行動となるわけです。例えば、玄関の「ピンポン」の音に反応して吠えるのは犬として正常ですが、それが近所迷惑になってしまう場合などです。

「問題行動」の定義「問題行動」の定義

---:3点目の問題行動は、人間の都合のように感じますが…。

武内:「人間のエゴを動物に押し付けるのではないか」、と疑問を持つ学生もいます。確かに(3つ目のポイントに関しては)私もそう思う部分はありますが、その行動を放置した場合のリスクを考えてみてください。飼育放棄などにつながる場合もあるでしょう。

そう考えると、問題行動として解消の努力をすることが動物を不幸にしない手段だと思います。(犬の吠えを許容してもらえるように)お隣さんを説得できないのであれば、「犬に手伝ってもらう」ことを選択すべき場合もあるのではないでしょうか。

---:人間と生活を共にするためには、犬や猫にも「ある程度」は我慢してもらうことが動物たちを不幸にしないために必要なわけですね。

武内:そうですね。私がこの仕事をするきっかけの1つもそこにありました。昔の話で現在とは違いますが、アメリカでは「5秒に1頭の犬が安楽殺されている」と言われた時代があったそうです。当時のアメリカでは犬の死亡原因のトップが安楽死で、その中でも最も多い理由が病気ではなく行動問題だったとのことです。


死亡原因のトップではありませんが、ペットの問題行動は現代の日本でも課題の一つでしょう。次回は、東京大学附属動物医療センターの行動診療科を受診する犬や猫のケースについてお話をうかがいます。

武内ゆかり:東京大学 大学院農学生命科学研究科・獣医動物行動学研究室 教授
国立精神・神経センター神経研究所・研究員を経て1991年から東京大学農学部に所属。2017年より現職。動物の心を理解することで、人間と動物のより良い関係構築に貢献することを目指す。獣医学博士。

《石川徹》

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