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【獣医療の最前線】受診する飼い主の悩みは攻撃行動や常同障害、トイレ問題など…獣医動物行動学編[インタビュー]vol.2

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  • 犬、猫ともに攻撃行動が最も多い悩み
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前回は、東京大学・獣医動物行動学研究室の武内ゆかり教授に「獣医動物行動学」についてお話を聞きました。昔のアメリカでは、問題行動が原因で「5秒に1頭」の犬が安楽死させられていたというエピソードは衝撃的でした。

現在は事情が異なりますが、ペットの「問題行動」に悩む飼い主は多いでしょう。今回は、東京大学附属動物医療センターの行動診療科で武内先生が診察してきた症例についてうかがいました。

飼い主の悩みで一番多いのは犬も猫も攻撃行動

----:先生の行動診療科に来るのはどんな動物が多いのでしょうか?

武内ゆかり教授(以下敬称略):犬と猫が中心です。診療科開設以来749頭を診察しましたが、そのうちの642頭(85.7%)が犬、猫が107頭(14.3%)でした。ここ10年の年間平均では犬が約40頭、猫がおよそ6頭です。

----:飼い主さんはどんな悩みで受診されるのでしょうか?

武内:犬の場合は攻撃行動が57%と半数以上を占めています。これには、家族や他人への攻撃や他の犬とのケンカなどが含まれます。次が「常同障害」です。柴犬に多いのですが、自分の尻尾を追いかけてクルクル回るような症状です。尻尾をかみ切ってしまう場合もあり、飼い主さんにとっても非常にストレスがかかります。ただ、東大はこの常同障害に関する研究を行っているため受診件数が多いと思われます。

東大以外の行動診療科では、攻撃行動の次に多いのは「分離不安」(東大では11%)や「過剰吠え」(同8%)だと思います。そのほか、異物を食べてしまう「異嗜(いし)」というものもあります。何度も胃の切開手術をしなくてはならないケースもあり、深刻な問題に発展する場合もあります。

----:猫の場合はいかがでしょうか。

武内:猫も一番多いのは攻撃行動で50%がこのケースです。27%と次に多いのが「不適切な排泄」で、常同障害(7%)、過剰鳴き(6%)と続きます。

犬、猫ともに攻撃行動が最も多い悩み犬、猫ともに攻撃行動が最も多い悩み

----:猫にトイレの問題が多いのですか? 犬よりもトイレの「しつけ」は楽な印象がありますが…。

武内:猫の場合、基本的には砂があればそこで排泄するのですが、トラブルが出ると続いてしまう傾向があります。トイレの好みが強く、飼い主の意図に反してこだわることが比較的多い動物です。例えばシステムトイレに変更したり場所を少し変えたりすると、それが気に入らず別の場所で排泄するようになるケースがあります。タイミングよく適切に対応すれば治るのですが、長引くと治療が難しくなります。

これには、猫が罹りやすい尿石症などの疾患も関連している場合があります。「トイレで用を足したら痛かった」という記憶でそのトイレを使わなくなることもあるようです。いずれにしても、今後は室内飼いが増えていくので排泄問題での診察が増えるかも知れませんね。

それぞれの動物と飼い主によって異なる治療方法

----:治療法はどのようなものですか?

武内:方法としては、行動修正法、薬物療法と外科的療法に分けられます。恐怖性の攻撃行動や分離不安、常同障害などでは投薬治療を行う場合があります。また、去勢・避妊手術などの外科的処置が有効な場合もあります。行動修正法は、その行動の原因を探り、対応を変えることを検討して飼い主さんに実践していただく形です。

----:問題行動が単なるしつけからくるものではなく、お薬や手術が必要な場合もあるのですね。

武内:脳などに機能的な原因があったり、症状が深刻だったりする場合は薬物療法や外科的療法が効果的な場合もあります。

----:一般の飼い主にとっては、まず「行動修正法」が選択肢になると思いますが、具体的にはどんなことをするのでしょうか?

武内:症状に加えて、個々の犬・猫の個性や飼い主さんによっても違うので一概に言えないですね…。

行動修正法による治療の一例

----:一言で、と言うのは難しいですよね。うちの愛犬の時は、9ページの「質問用紙」に家族との関係性や日々の過ごし方、問題行動の内容などを詳細に記入して事前にお送りしました。実際の診察でも、行動観察にかなりお時間をとっていただいた記憶があります。

武内:そうですね。動物と飼い主さんによって原因や対処法は様々ですので、症状や状況をできるだけ詳しく理解することが必要です。一例として、獣医の学生さんが実習として自宅の愛犬を治療したケースをご紹介しましょう。

そのウエスティ(ウエスト・ハイランド・ホワイト・テリア)は抱っこされるのをとても嫌がっていました。唸って歯を見せ、「これ以上いったら噛まれる」と言うのが明らかでした。様子をよく観察すると、尻尾を巻き込み耳も伏せている体勢でした。また、飼い主さんは後ろから抱きかかえようとしていました。

診断としては、「見えない所から突然触られることに対する恐怖が攻撃行動につながっている」というものでした。

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そのケースでは、正面から「タッチ」というコマンドで「お手」をさせた後でおやつを与え、胸を触って抱きかかえるという流れに変えることで解消しました。

背中から触られると覆い被さるようなイメージで恐怖を感じる犬もいます。それで、犬からよく見えて、かつ、威圧感の少ない前方から近づくことで恐怖感を与えないようにしました。その上で、背中よりも抵抗感の少ない胸を触りながらコマンドに意識を向けさせつつ、おやつで「良い気持ち」にさせるというプロセスです。

簡単に言うと、「タッチって言われると、触られるけど怖くもないし良いこともあるんだ!」ということを犬に学習してもらいました。


投薬などの必要な疾患が隠れているケースもあり、単純に問題行動で片付けられない場合もあるそうです。また、「行動修正」での対処も獣医動物行動学といった科学的な観点からの診断・分析と対処が効果的な解消につながるケースも多そうです。

次回は、一般の飼い主さんが知っておくと役に立ちそうなポイントについて、アドバイスをうかがいます。

武内ゆかり:東京大学 大学院農学生命科学研究科・獣医動物行動学研究室 教授
国立精神・神経センター神経研究所・研究員を経て1991年から東京大学農学部に所属。2017年より現職。動物の心を理解することで、人間と動物のより良い関係構築に貢献することを目指す。獣医学博士。

《石川徹》

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